今日はクリスマスです。
正確にはクリスマス・イブ。
日本人はなぜクリスマス・イブがクリスマスの本番なのかといえば
キリスト教にかかわらず、もうお祭りごととしてこの日を捉えておるからですね。
まぁ、そんなかんじで私と長曾我部さんも
キリスト教に関係なく、なんとなくクリスマス・イブを過ごしていた。
(良くある話だが、私は無神論者だし、長曾我部さんは仏教徒なので本当に関係ない)
「そろそろケーキ食べるー?」
「あー………そうっすっか」
クリスマス特番を見ながら私が聞くと、長曾我部さんは時計をちらりと見た後で頷いた。
その姿がいつもよりもなんとなくくつろいで見えるのは、多分ここが長曾我部さんの家だからだろう。
そう、実はクリスマスだからいつもと違うことをするかーという流れから
本日は長曾我部さんのお家で過ごしているのである。
間取的にはうちと一緒なんだけど、置いてある家具が違うと違う家に見える。
いや、違う家なんだけどね。
うちが基本的にカラー統一でモノトーン気味なのに対して
長曾我部さんのお家は紫が多くて、あとは機械類がやたらと多い。
見まわしてみると、色んなものが置かれているのだけれども…。
………どうして、普通の一般家庭にボール盤があるのでせう。
しかも何故リビングに配置した。
だがその答えは、長曾我部さんが長曾我部さんであるからとしか言いようがないな。
こういう感じで長曾我部さんらしい小物(?)は、突っ込みもいれずにスルーして
私は長曾我部元親宅にて、まったりクリスマス・イブを過ごしている。
実のところを言うと、これだけ長らく一緒に居ておきながら
彼のお家に入るのは初めてだ。
いつも私のお家なので。
けれど、初めてのお家とは思えないほど、私がリビングにおかれたこたつに家主と入って
まったりしているのは、ここが彼のお家だからに他ならない。
ここの家、長曾我部さん家だなって感じするもの。
こたつの中に腕を突っ込んで、こたつ布団に顎を押し付け思っていると
長曾我部さんがケーキの入った箱を冷蔵庫から出してきて
こたつの上に置いた。
その箱に手を伸ばして、蓋をあけて中身を確認する。
二人なので、ホールでなくてカットされたものを買ってきたのだけど
イチゴと生クリームのスタンダードなショートケーキは美味しそうに見えた。
「…二つ買えばよかったかなぁ」
「俺は、そこまでいらねぇな」
箱の中からケーキを取り出しつつそう言うと、長曾我部さんは首を振って否定をする。
どうもこの人、そこまで甘いものは好きではないらしい。
それでもケーキを買ったのは、多分季節行事なのだからだろうなと思う。
多分そういうのは、『前』から受け継いでいるのだろうなとも。
ほら、昔の人っていうのは季節感とかそういうものを大事にする所があるから。
私は彼のそういう部分を
花を見ては季節を感じ、鳥を見ては季節を感じ、空を見ては季節を感じるような所で
生きていた頃を受け継いでそうなのだろうと捉えていた。
……ついでに言うと、そういう所、好ましいなと思っているのだけど
本人には言わない。
その代わりに私は
「じゃ、来年もケーキは一つと言うことで。
…来年はチーズケーキにしようかなぁ」
「今から来年の事言ってたんじゃあ、鬼が笑うぜ」
フォークをとりながら来年の話をする。
当たり前のように来年もいっしょに居るつもりで話をして
長曾我部さんも当たり前のようにそれを受け止めて言葉を返した。
そこに戸惑いが含まれていないのが嬉しいと思いつつ
私はケーキにフォークをとって突き刺す。
一口、二口。
ケーキを半分ほど食べ進めた所で、長曾我部さんがふとこちらを見て
途端に微苦笑を浮かべる。
その反応に私が首を傾げ切る前に、彼はこちらに向かって手を伸ばして
私の口の端を指で拭う仕草をした。
「…子供みてぇだな、あんた。ついてる」
「……………なんてお約束な。というか、長曾我部さん、教えてくれればよかったのに」
その拭った指を舐める所までお約束。
そして私の顔が赤いのもお約束。
………恥ずかしいこの人!
顔を手で押さえて物凄い顔をしながら私が言うと、彼は一瞬動きを止めた後こちらをまじまじと見た。
その反応に顔を上げて、まだほのかに赤い顔をしながら長曾我部さんと見つめあう。
彼は、暫く黙っていたが、やがて口を開いて
「あんた、俺のことをいつまで名字で呼ぶつもりなんだ」
疑問符すらなかった。
そんなものはつかず、呼べと。
そういう意図で言って、彼は私の方を見る。
「なあ、呼んじゃあくれねぇか」
もう一度、手が伸ばされた。
私の前髪に、伸ばされた手の指先が触れた感触がする。
その手が、口元を拭った手でない方なのは、多分意識的にやっているのだろう。
…これだから、この人。
かぁあっと、下がったはずの血が顔に集まって頬が紅潮するのが分かる。
多分今、私の顔は真っ赤だ。
それを自覚しているから、ますます顔が赤くなる。
いやだ、なんで、本当、この日に。
よりにもよってこの日にこんなことを言うのはどうしてだろう。
どうしても何もないけど、ステップアップをこの日にしなくても良いじゃないか。
普段よりも、もっと恥ずかしい。
私は行事事に乗じてこう、関係を進めるのに気恥かしさを覚えるタイプで
そしてこの彼の行動と言うのはその気恥かしさを倍増させる行為である。
要するに恥ずかしい。
「今のは、ひどく、ない…?」
だから、その恥ずかしさからつい文句とも言えないような抗議が口をついて出て
でも、長曾我部さんときたら「なにがだ?」と、私の顔が赤いのを視認した上で
表情をにやにやとしたものに変えるのだから、ひどい。
うわぁ、いらっとする…!
でも残念な話であるが、今の私には反撃不可能だ。
何したって喜ばせるに決まってる。
例え、長曾我部さんなんか嫌いと今言ったところで
照れ隠しにしか見えないし事実そうだもの。
…………………くやしい。
やり返してやりたいのに、全くその方法が頭の中に浮かばなくって。
しかもその相手はにやつきながらこっちを見ていて。
もうなんだか頭の中がぐるぐるになりながら、私は持ったフォークを力いっぱい握り締めた。
あぁもう、こっちの年齢じゃ年上のはずなのに。
でも前を足したら向こうの方が遙かに上で、それだから、こうなの?
いやでも、それでも悔しい。
一方的にやられっぱなしとうのは、私の中ではどうなのという話で
しかしやはり、こちらには反撃の手段がないのであった。まる。
「なんか、やっぱ、ずるい気がするんだけど」
そうであるから、もう一度だけ抵抗にもならない抵抗をして
それから名前を呼ぼうと決めて、私はその通りにする。
けれど、予想に反して長曾我部さんは私の前髪を弾くと
その流れでこちらの頬を撫で、デフォルト、と、私の名を呼んだ。
「デフォルト、なぁ、あんた。
俺はあんた待ちなんだ。あんたを大人しく待ってる俺に
少しは良い目を見せちゃあくれねぇか」
鋭い眼光で彼は言う。
それと同時に、頬を撫でていた手が唇をなぞった。
名前を呼べという催促だろうか。
それに、ぞわりと、得体の知れない感触が背筋を走る。
獲物を狙う鮫のような目をしてこちらを見る長曾我部さんに
反射的に食べられる、と思った。
「も、もとちか、さん」
食べられたいとも、まだ早いとも、心の中で声がする。
ただ、今回はまだ早いの方が勝ったようで、無意識に口が開いて、彼の望みを果たした。
けれども、長曾我部さん、元親さんは、気にいらないように眉を寄せて
「元親だ。な?」
「もと…ちか……」
「…良いな、あんたにそうやって呼ばれんの。もっと呼んでくれ」
「元親………いや、やっぱり駄目、あの、さんつけさせてよ!
呼び捨ては無理!!ねぇ、元親さんが良い!」
「………仕方ねぇな。だが、名前は譲らねえぞ」
ぞわぞわするような表情で強請る元親さん相手に、もう一度呼び捨てで名前を呼ぼうとするが
耐えきれずに私が叫ぶと、元親さんは仕方がなさそうな表情をして
それから、もう一度だけ唇をなぞった。
それにキスがしたいのかと思ったが、でも直接的にそれを言う勇気は私には無いし
目の前の人に気押されまくっているというに、私からそれをやってしまうと
おそらく桃色展開まっしぐらで………。
二十代後半にもなって何なんですが、こんなぞわぞわする人相手に
いっぺんにステップアップすると、心臓が持ちません。
高校生のようですが、無理です。ギブです。××です。
なので、したいんだろなとは思うけど、もうちょっとだけ待ってもらうことにして
その代わりに私は、もう一度元親さん、と彼の名前を呼ぶのだった。
…あぁ、恥ずかしい。少女漫画かなにかですか、まったく。