お休みの日。
普段ならば、隣の人に三食後馳走するところなのだけど、
長曾我部さんは海に行くらしい。
船で海に出るらしいので、誘われたのだけれども
私はお断りして家でのんびり。
だから夕ご飯以外は一人である。
しかし、あの人も、大概海好きねぇ。
好きなものがあるのは良いことだけど。
前の人生から好きで、今生でも好きで。
海に恋しているようと思わなくもないが、多分もっと深いところで好きなのだ、あの人は。
もう根っこが海と繋がってんじゃないかしら。
前のときは、それに部下まで加わっていたのだから、なんと恋愛向きでない人なのだろうと、私は思う。
前の長曾我部さんというのは、生き神様ではあられたが
恋愛をするには向いていない人だったように見受けられた。
まぁ、あまり深く関わりあおうと思っていなかったから
実のところ今とそう大して変わりなかったのかもしれないけれど、それでも。
殿様で、部下が居て、海があって、海賊で、宝を探していて
抱えるものが大量にある人と、恋をするのは少し難しい。
大事なものになるのも、同じ。
だから、前の長曾我部さんとは名前もつかない感情どまりで
今の長曾我部さんとは、その、そういう感じなんだろうと思う。
時間の長い短いに関わらず。
『前の』殿様とは、今の長曾我部さんと同じような関係にはなれなかっただろう。
多分あれ以上長い間ここに留め置いていたら
前の殿様も生き神様のままでは居れなかっただろうし。
大事なものを置いてきた人と、大事なものになりあうのは
私には多分無理よ。
ごろっと、ソファーの上で寝返りを打って、私は天井を見た。
…結局のところ、こういうことを考えているのは、だ。
私が長曾我部元親という人に、静かに恋をした理由を探しているのかもしれないな。
特にお互いどうというきっかけがあったわけでもないのに、
自然とこういう状況になって、ちょっとだけ、理由が欲しいんだと、思う。
でも、なぁ。
理由なんて。
長曾我部さんの顔を思い浮かべてみる。
うん、格好いい。
おまけに優しい。
お帰りって言ってくれる声とか、そういうところを頭の中に浮かべると
胸の中がほわほわする。
「こんだけあれば、十分か」
あの人、顔だけでも恋に落ちるには十二分なものをお持ちなのに。
その上大層優しい。
理由なんていくらでもあげられる人だ。
だから、考えるべきは、あの人が私に好意を持ってくれた理由だろう。
…そうなんだよな、その辺りが不安なのよ。
「…強いて言うなら、胃袋をがっちりキャッチ?」
眉を寄せて呟いてみる。
あの人に私がやったことなんて、ひたすらご飯を食べさせていた以外は思いつかない。
それと、ただいまって言って、ついでにおかえりって言っていたことだけだ。
「何がよかったんだかなぁ」
だから、自然と首を傾げてしまう。
大したこともやっていないのに、そういう感じになってくれた理由。
それが少しだけ欲しい。
私、別に顔が良いわけでもないし。
頬をなでてみるが、年相応にお肌の曲がり角を迎えた感触に
悲しくなって止める。
けれども、考えても分からないものは仕方がない。
そのうちに、そう。関係がはっきりした後で聞いてみようかと区切りをつけて
私は部屋の隅にある時計に視線を向けた。
時刻午後六時。
そろそろご飯を作る時間だ。
今日はお好み焼きにしようと思っていたのだけど、そういえば、山芋がない。
関西風のお好み焼きをするときには、基本山芋を入れて生地をふあふあにしてるんだけど…。
無いと寂しいし。
でもかといってないから広島風にしようと思ったところで、今度はキャベツが足りない。
あのもっさり感を出すためには、キャベツを大量に挟まないといけないのに
そこまでのキャベツは現在野菜室には不在である。
…どっちにしろ、買い物に行くしかないか。
もう十二月だ。
出来れば寒いから外には出たくはなかったが仕方がない。
部屋からコートを取ってきて、着込んで外に出る。
「…さむ…」
あまりの寒さに身を震わせて、玄関に鍵をかけると同時に
隣の部屋の玄関が開いた。
何たるタイミング。
そして出てきた長曾我部さんと、私の目がばっちり合う。
「長曾我部さん。何時帰ってきたの?」
「さっきだ。…どっか出かけんのか?」
「うん。買い物。そっちは?」
「コンビニにでも行こうかと思ってたとこだ。
缶コーヒーが飲みたくなってよ」
「あぁ、たまにあるよね。私、スーパー行くけど」
「じゃあ、コンビニじゃなくてスーパーで買うか」
おや、そういう意図じゃなかったのに。
途中まで一緒に行くかと問うたつもりであったのに
長曾我部さんは一緒についてきてくれる気らしい。
まぁ、道連れが居たほうがうれしいけどと思いつつ外に眼を向けると
もう大分薄暗い。
その暗闇に、私はふと、前の長曾我部さんが居たときに一人歩きをさせられないと
彼が言ったのを思い出した。
あぁ。
そういう、意図だろうか。
分からない。
聞く気がないから。
聞いてどうするのかと言う話だ。
前と今の繋がりを軽視する気は毛頭ないが
現代を生きようと記憶を持ったまま、身を馴染ませ生きてきた人と
前とを見比べて、無理やりにつき合せをするのは悪趣味だ。
別にいいじゃない、どっちだって。
今この人はここにいるんだから。
そうして、それを思うと同時に、私は先ほどまでの考えもどちらでもいいかなと
区切りをつけた事を今度は結論にする。
どういう理由にせよ、好意的なのであるから、それだけでいいか、と。
今あるものが全てで良いではないか。
だから、私は長曾我部さんの右手を取って、スーパーに向かって歩き出した。
後ろから、長曾我部さんが早歩き気味に来て、横に並ぶ。
そうして私たちは手をつないだままエレベーターに乗って
マンションの外へと出た。
外は寒い。
十二月なのだから当然だけど。
手袋もしてくればよかったと、吐いた息が完全に白いのに思っていると
長曾我部さんがふと視線を上にやった。
「そういや、今年は雪は降りそうにはねえな」
上を見ながら彼が言うのに、私は頷いて同意を示す。
「今年、あったかいからね」
「まぁ温い分には文句はねえが、ちと風情ってもんが足らねえよな」
握った手が暖かいけれども、雪がちらつくのは嫌だ。
だって寒いし。
物言いたげな瞳をして彼を見上げると、長曾我部さんは言いたいことを読みとったのか
少し呆れたような眼差しをこちらに向ける。
「あんた、寒いのも駄目か」
「うん」
「うんかよ。そんなあっさり肯定しやがって。
あんたは本当、ここ以外じゃ生きていけない生物だな」
珍しくも少し呆れの混じった声。
けれども握った手を、ポケットに突っ込んで温めてくれるのだから
この人ときたら、ない。
もう笑うしかなくて、はにかんだ笑いを年甲斐も無く浮かべて寄り添うと
長曾我部さんはにっと口の端を上げた。
その直後、彼は私を見下ろして
「ところで、あんた二十四日、予定はあんのか」
「ないよ」
問いかけには即答する。
予定は無いし、入れる気も無かった。
この調子で行くのなら、この人と二人でクリスマスイブは過ごすのだろうと思っていたから。
明確に誘いを受けるとは思っていなかったけれども。
「長曾我部さん、何、食べたい?折角イブだから、リクエスト聞いてあげる」
ポケットの中に突っ込まれた手を、きゅうっと握って聞いてみた。
考える顔をしながらも、長曾我部さんがこちらに顔を向ける。
それを見返しながら、こうして積み上げられるのは、幸せなのだなと、私はひたすらに思った。