穏やかな日常、穏やかな暮らし。
季節はもうすっかりと冬だった。
秋口にあった、騙されて合コン事件は、私を追いかけてきてしまった長曾我部さんは
次の日には謝まんねぇとなぁと零していたが
明くる日職場に行くと逆に同僚の人に謝罪されたらしい。
なんで謝られたの、とは聞かなかった。
大体分かる。
空気の読める賢い子ですので。

嘘です。
大体分かりますとも、普通。
けれども口には出さない。
今すぐの変化を望まなかった私が望んだ、穏やかな暮らし。
でも変化がないわけじゃない。

一緒に居る時間が長くなった。
空気がなんか違う。
例えば、ふとした瞬間に目があった時の表情が今までよりも更に柔らかかったりだとか。
ご飯を食べた後リビングで一緒にロードショー何かを見たりするわけだけど
その時の距離を、長曾我部さんが詰めてきて、やたら近かったりだとか。
そういう感じの。
あとついでに、その時に衝動にかられて私が
長曾我部さんのやたらとごつい腕に、こつんと頭をぶつけてみたりすると
彼が嬉しそうに笑ったりとかもする。
いや、今すぐの変化を望んでいなかったというだけで
私の方も、憎からず思っているわけなんですよ、本当に。
この歳で、二歳も三歳も年下の子とか、とは思うんだけど
いや、長曾我部さんの年齢ってどこから数えれば良いんだろ。
場合によっては、私の方が圧倒的に年下なわけなんだけど。
…………まぁ、いいか。
どっちにしろ、ゆっくりそういう感じになれれば良いなぁと思っているわけだし、どうでも。




と、そんなこんなで今日も今日とて夕食後にまったりしていたわけなんだけど。
「…なんか、この映画…つまんない…?」
「つまんねぇとかそういう次元ですらねぇだろ」
まったりと、ソファーに並んで映画鑑賞をしていた私たち。
けれども、借りてきた映画はびっくりするほどつまらなかった。
トマトが人を襲う超B級パニックホラーと言う見出しは面白そうだったんだけどねぇ。
B級っていうか、Z級?
つまりはB級と呼ぶのもおこがましいってこと。
トマトに食われて死んだはずの人間がひょっこりと出てきて
『OH!これがなかったら死んでたぜ』
と、胸から家族の写真が入ったロケットを出して
その直後にもう一回食べられてみたりとか、そういう矛盾が大発生しているような映画は
面白い面白くないの次元で語ってはいけないと思う。
長曾我部さんと無言で顔を見合わせて、無言でDVDの再生を止める。
ぱっと黒くなった画面を見て、それから私は大欠伸を漏らした。
どうして面白くないものを見ると、眠くなるのだろうか。
どうでも良いことを思いつつ、口元を手で押さえていると
長曾我部さんが立ち上がって
「ちょっと便所貸してくれ」
「あぁ、どうぞどうぞ」
断らんでも良いのに、いつまでも断ってトイレを借りていくのは
長曾我部さんの良い所なんだろうか。
…どうだろう。
あふぁと、もう一度欠伸を漏らしながら、やはりどうでもいいことを考える。
何か考えていないと寝てしまいそうだ。
うとりと、瞼を閉じかける。
つまらない映画は本当にいけない。
何度か見に行った映画が面白くなくて、眠気に耐えきれず
ついくぅと寝てしまったことさえあるのだから。
あぁいうときには、払った映画代がもったいないと思ってしまうのだけど
でも封切りと同時に見に行きたいからなぁ、基本。
それに映画を見に行くかどうかを決めるために、事前情報として他人の感想を見るということは
ネタばれを見る可能性があるということだ。
一度それで手ひどいネタばれを見てからと言うもの
映画を見る時には、事前に感想を一切見ないというスタンスを私は貫き通している。
であるからして………眠い。
考えれど考えれど、眠気は一向に収まってくれない。
時計を見ると、針は細長い秒針を十区切りしか進めてくれていなかった。
あぁ。
嘆きながら、ソファーの肘置きに頭を預ける。
眠たい、本当に。
うとうととする眠気に負けて、長曾我部さんが帰ってくるまでと
負け犬めいた思考で考えながら、私は軽く目を閉じた。
眠るわけじゃなくて、目を閉じるだけだと言い訳をしながら。




『…ちまっ…のか…、不用…だ……。
俺が…閉…ずに帰っ…ま……らどうする……りなん…、あ…た』
声が聞こえる。
長曾我部さんの声だ。
眠気に捕まえられたまま、うっすらと意識だけが微かに表面に浮き上がる。
指一本動かせぬまま、感覚だけが起きている状態になると
自分の髪の毛が誰かに梳かれていることに気がついた。
誰だろうとは思わない。
一人しかいない。
柔らかい優しい手つきで触られて、あぁ、見た目にそぐわないと思ったのは
ただの照れ隠しだ。
前髪を触られて、梳かれて、横に流される。
『…き…、つって、言っても…い…だかな、…んたに』
何かを確かめるような手つきで、けれど、どこまでも優しく触られて。
私が気恥かしさから、もういっそ、目を覚ましてしまおうかと思った瞬間に
目覚めるな、とでもいいたげに、眠気がぐっと襲い来る。
それに抗いきれずに、もう一度意識を手放して


―そうして目が覚めると、朝、ベッドの中に私は居た。


「…長曾我部さん、運んでくれたんだ」
春先に私の部屋で彼が寝てしまった時には、彼のことを私は動かせなかったんだけど。
男女の力の差を思いしりながら、私はんーっと背伸びをする。
寝落ちとは悪いことをしてしまった。
あとで謝ろうと思って前髪を触ると、ふと、昨日彼が言った言葉が頭のリフレインする。
最初のじゃない。
あれはあんまり聞きとれなかった。
でも、次のは違う。
前髪を触りながら彼が言った言葉。
それに私は考えるまでも無く。
「ん、もう少し、したらね」
嫌なわけじゃなくて、急激な変化を拒まないだけ。
言われても、断りはしないけど。
でも出来れば緩やかにお願いしたいのだ。
窓の外に太陽が昇っているのを確認して、それから私はベッドから起き上がって
会社に行く準備をする。
…まぁ、もう少しだけ毎日積み重ねましょうよ、ねぇ、長曾我部さん。