長曾我部元親は、死を迎えようとしていた。
戦場でではない、城の畳の上で、だ。
関ヶ原では西軍が勝利をおさめ、石田三成は豊臣の後継として日の本を背負った。
大谷吉継はそれを良く補佐して、元親もまた、三成を手伝い戦国の世を終わらせることに成功した。
屍の上に立った人生だった。
山ほど人を殺した。
後悔も馬鹿みたいにした。
…色々なことがあった人生だったが、まぁ、悪くは無かった。
己が老いで死ぬなどとは、若い頃は考えもしなかったが―悪くは無い。
海の上なら、もっと最高だったんだけどよ。
畳に敷かれた布団で死ぬという、普通のものにとってはこれ以上ない幸せを
けれど、長曾我部元親は長曾我部元親であるから、海の方が良いと当たり前に思って、苦笑する。
人生の後半は、海にはさほど出られなかったのに、未だに己はこんなにも海を求めて止まないと。
元親は国主だ。
気軽に海に出られないのは当然である。
国を治める者として、海に頻繁に出ていた若かりし頃の日の方が異常だったことぐらい、解っている。
けれどもそれに寂しさを覚えていたのも、事実だ。
おかしなことになったときだって、海には行ってたのに。
そうして、彼がそういう時に思い出すのは、短い異常な日々のこと。
どうしてだか穴に飲み込まれ、出た先はとんでもなく平和な世界で。
そこで女に面倒を見てもらい、そこでも元親は我慢しきれず海に行ったのに。
いや、連れて行ってもらったんだな。変な所で優しい女だった。
お嫁さんが欲しいと、酔っ払ったその口でほざいた女の顔はもう思い出せない。
けれども、彼女がただいまと言ったならば、おかえりと言ってもらえるように
なっていると良いと元親は思う。
もしも死後の世界があるのなら、神様に頼んでやっても良いと。
貰った行動分の対価が払えていないことに気がついて
元親はそう考えつつ、ゆっくりと目を閉じ。
そうして、彼は二度と目を開くことがなかった。