次の日。
会社から急な呼び出しがあって出勤して、帰ると彼は既にいなかった。
電気のついていない、おかえりのない部屋。
それに少しの寂しさを覚えていると、ふと机の上に紙が置かれているのに気がつく。
紙をとり、中身に目を走らせると、そこには流暢すぎる字で
「えぇっと…………おかえりがなくても、頑張れよ。名字デフォルトデフォルト…?」
胸を突かれる。
実のところ、彼は、私の名前を最後まで呼んだことがなかった。
それは最後の一線は気を許していないという所の表れだと思っていたが
…ここで、呼ぶのか、書くのか。
別れ際に感情を示された気がして、私は苦笑しながらも天を仰ぐ。
不意をつかれて、目が潤んでいる気がしたからだ。
いやいや、良い大人ですもの。
こんなことで感情が大きく振れてどうするのか。
目を一度ぎゅうっと瞑って、それから私は長曾我部元親の痕跡を握りしめて
よっしと気合を入れる。
「はいはい、言われなくても明日からもがんばりますよ、ちゃんとね」
短いむさ苦しい男との同居生活は、私に活力の充填をもたらした。
それなら、その活力を使って明日からも生きていくだけだ。
さしあたってはご飯でも食べようと、私は気合の作った夕食を作るべく
腕まくりをしてキッチンに向かう。
平気平気、一人でも大丈夫。
おかえりと言ってくれていた声を思いだせる限りは、それを思い出して頑張りますとも。
本当よ、長曾我部さん。
だからあなたもお元気で。
私が願うのはそれだけで、それだけ叶えば良いなと思った。
さようなら。どうか、あなた、お元気で。