「ただいまー」
「おう、おかえり」
家の中で出迎えてくれる人がいるというのは癒される。
例えその声が、むさ苦しい男のものだったとしても。
………いや、性別からしてみれば、これであってるのか。
できればきゃるーんとした女の子の方がと思いかけた私だが
自分の性別を思い出して、愕然とする。
……………やっぱり、こう…可愛い女の子の方が良いなぁ。
断じて百合趣味はないが。
むくつけき男と、女子校生なら、やっぱり女子高生の方が癒し度高いと思うの。
けれど、それは目の前の迎えてくれる人には言えない。
だから私はご飯今から作るね。と長曾我部さんに声をかけ
彼もまた、おう!と威勢のいい返事を返した。
まぁそういう感じで長曾我部さんの居る生活にも
私はすっかり慣れている。
長曾我部さんの方も、帰りたそうにしているが
慣れるのは慣れているようで、随分と態度が気安くなってきていた。
や、まぁ、最初からフランクではあったのだけれども
気安さは無かった。
あれは懐こいだけで、感情が含まれてはいなかった、けれども今は違う。
そういうことで、とどのつまり、私と彼の間には
それなりの同居人としての情が介在し始めた、と言う話。
だから「今日は飯何食わせてくれんだ?」と、提げて帰ってきたスーパーの袋を
覗きこんでくる彼の顔が近いのを気にせずに、私は袋を広げて見せてやる。
「今日は、ハンバーグとポテト………」
「サラダ?」
「にしようと思っていましたが、何故かじゃがいもがありませんな」
「…買い忘れてきたのかよ」
長曾我部さんの呆れた視線が痛い。
えぇーっと、なんでだ?
確かにジャガイモ買い物かごに入れたと思っていたんだけどなぁと思いながら
記憶をひっくり返してみると、男爵を入れた後、きたあかりを見つけて
あ、そっちにしようと思った瞬間、肉の特売が始まってそっちに………。
そしてひき肉を破格の値段で手に入れて、その充足感のままレジに向かったような?
「……………ちょっともう一回買い物に行ってくる」
「別にポテトサラダにこだわらなくても、ある材料でなんかつくりゃ良いだろ」
「でも長曾我部さん、私、ポテトサラダがどーーーーーっしても食べたいの」
拳を握って主張してみる。
こういう時はたまにある、あれが食べたいどうしても食べたいあれでなくっちゃ嫌という時。
大体、ケンタッキーとか、そういうジャンキーなものが対象になるんだけど
今回はそれがポテトサラダだったとそういうわけだ。
だからこれはどうしても譲れないので、断固として買いに行くという意思を示し続けていると
長曾我部さんは、はぁというため息を吐いて、私の手から買い物袋を取り上げ、床に置いた。
「冷蔵庫の中には入れなくても良いもんばっかか」
「あぁうん。ひき肉、玉ねぎ、パン粉ときゅうりぐらいしか入ってない」
何を聞かれているのか分からずに答えると、彼は袋を置いたその手で
私の背中を軽く叩いて、行くぞと声をかけてくる。
それにぱちりと目を瞬かせると、彼は首の後ろに手をやり
若干照れくさそうな様子で、口を開く。
「…会社までは迎えに行けねぇけどよ」
「はぁ」
「もう、夜で暗ぇんだ。俺の居るこっから出ていくのに
一人で行かせんのはよ、違げぇだろ」
…その言葉に若干呆然とする。
いやだ、何この生き神様。
断っておくが、彼と私の間に男女を見る視線は無い。
彼にとっては始まりが始まりだったし、私にとっても彼は異質すぎる。
それでも、女の一人歩きは許せないという長曾我部元親と言う人に、私は感動を覚えた。
…やっぱり置いても良いって判断した私は正しかったのだ。
生き神様、素晴らしい。
長曾我部さんとお出かけするのは初めてじゃない。
海に出かけた時のように、靴を履かせてお出かけして、そつなく買い物を終わらせる。
そうして帰りながら空を見上げると、夜空には満天の星があった。
…と、私などは煌めく夜の空を見て思うのだけれども
長曾我部さんは顔をしかめて、星が少ねぇと零す。
「…多いと思うんですけどね」
「海に出て、船から空を見上げりゃこんなもんじゃあねぇからな」
「なるほど」
彼の基準はどこまでも海だ。
そうして海のことを話す時の長曾我部さんの瞳は寂しくて優しい。
スーパーの袋を持ったまま郷愁に浸る彼の横に並んで歩いていると
家のマンションまでたどり着く。
エレベーターに乗って部屋のある階まで昇り、鍵を開けようとポッケを探っていると
ふと隣の部屋から声がする。
…はて。隣室は空き部屋だったはずなのだけれど。
疑問に思って表札を見るが、新しくネームプレートが入れられたわけではないので
誰かが下見に来ているということなのだろう。
「どうかしたか?」
「いや、特になんでも」
私のその様子を不思議に思ったらしい長曾我部さんが、こちらに声をかけてきたけれども
特別話すようなことでもなかったので、私は首を振って鍵を開け
―ふと思いついたので彼より先に入って、長曾我部さんに向かって笑いかけ。
「おかえりなさい、長曾我部さん」
「………おう、ただいま」
答える彼は微笑を浮かべて、これ、悪くねぇなと呟いた。