本日の夕食はうどんと天ぷら。
天ぷらは鱚の天ぷらが食べたかったので自分で揚げた。
それをもりもりと食べながら、私は長曾我部さんの顔を見る。
ちら。
…いや、正確には頭なのだけれども。
ともかく彼の頭、髪の毛を観察すると、この間洗った時よりも
心なしかしんなりしている気がする。
…べっとりと言い換えても良いかもしれない。
ということは、つまり。
「…また、洗ってないでしょう」
「何をだよ」
海老天を汁に浸して食べながら長曾我部さんにがとぼける。
けれどもその表情はぎくり、という擬音がしそうなもので
私はそれに冷ややかな視線を送った。
「…その視線やめてくれ。毛利を思い出しやがる」
「…………止めて欲しいなら、頭、洗おうか」
毛利。
とは誰ぞと思ったけれども、まぁ知り合いだろうと思って流しつつ
言いたいことを言ってみる。
この様子からして、私が洗って以来洗っていないのだろうよ。
よほど、目に入ったシャンプーが痛かったとみえる。
けれども一緒に暮らしている人間が、くさい、というのは
勘弁願いたいし、私は考えるまでもなく
「じゃあ、うどん食べたら水着ということで」
「おー。そうしてくれ」
また頭を洗いましょうと提案すれば、長曾我部さんはそれにうんうんと頷きを返した。
…いいんだ、私が頭洗うなら。
しかし、『私が洗うと目にシャンプーの泡も入らず快適』ということを学習した長曾我部さんは
半裸で女に頭を洗ってもらうという、微妙な事柄についてはまったく気にしていないようだったので
私も気にしないこととする。
私だって、長曾我部さんのこと男として見てるわけじゃなし。
別にそちらさまが気にしないならどうでも良いもの。




そうしてまた元彼の水着に着替えさせて頭を洗って
ついでにドライヤーで髪の毛を乾かしてやる。
とりあえず、風邪をひかれたら困るんじゃない?ということに
今さっき気がついたからだ。
病院とか保険証とか、まず無理だし。
髪を乾かすとかをして、予防に努めるしかない。
といっても、見るからにおおざっぱそうな長曾我部さんに任せていたら
適当に髪を乾かしかねないしねぇ。
ようするに、この状況この行動全て、長曾我部さんへの私の信頼が欠けているということを
示しているのだけれども、御当人様はどこ吹く風で、気持ち良さそうに頭を乾かされている。
良いのか、国主。そんなので。
背後をとり髪を触り、好き勝手されているこの眼下の人は
国主と言うよりも、前にも思った通り大型犬だ。
…良いのか国主。
けれども私は、出会った次の日に、王様だと思ったことを覚えている。
王様は犬に見えても王様でしかあるまいて。
「長曾我部さん、ドライヤーの風熱くない?」
「いいやぁ。気持ちいぜ。俺の世界でも使えりゃいいのによ」
「駄目駄目。電気がないと無理だから」
「…その辺りが勿体ねぇ。折角こっちに来たんだから色々持ってかえれりゃ良いのに
殆どが電気がねぇと動かないときてやがる。…勿体ねぇよなぁ」
羨んだ目で長曾我部さんがドライヤーを見た。
この人は本当に機械類が好きだ。
放っておくとどこまでもどこまでも、分解しては組み立てて
元に戻して仕組みを理解するということをやっている。
それを考えると、元の場所に帰って行ったときに飛躍的な技術の革新が起こるのではないか
ということが一瞬頭の中を掠めたが、それは精神衛生上考えないことにしようと思った。
「ん、そろそろいいですかね」
考え事をしている間に、髪の毛がふんわりと乾いたのが分かる。
指の間を抜けていく、多分潮風で傷んだ髪の軋んだ感触を感じながら
私が言うと、長曾我部さんは後ろに立った私の腹に頭を寄せて、あんがとよ、と礼を言う。
それと同時に見せたにっとした笑みに、私は知らず、目を細めて笑い
「どういたしまして」
もう一度、彼の髪の毛を触りながら言葉を返した。