ふと鼻腔をくすぐる匂いに、私は動きを止めた。
うん?とこちらの方へ顔を上げる男の顔を見て、それから失礼と前置きしてから
男の肩を掴んで顔を寄せる。
「お、おい?!」
焦った長曾我部さんの声が聞こえるが、必要なことだ。
お黙り下さい。
私は長曾我部さんの首筋に華を近づけて、くんっと嗅いだ。
「おい、何を」
咎めるような、戸惑うような男の言葉に私は顔を上げ
「………くさい」
「……………は?」
「くさいんだって、髪が!なんでくさいの?普通にシャンプーで洗ってればこんな匂い…」
そっと目をそらした長曾我部さんに、私は言葉を途切れさせた。
………まさか。
男の顔を見る。
テレビに興味しんしんで、リモコン分解しやがったくせに。
バイク見て、乗ってみてぇな、なんて零してたくせに。
フォークを器用に使えてたくせに。
お前、お前、まさか。
「しかたねぇだろ、あれ目がいて」
「目を閉じて洗えばいいの!」
長曾我部さんの主張に、最初に注意したじゃない!と私が叫んだのは致し方あるまい。
「海の上じゃ、真水は貴重なんだ」
「うん、知ってる」
「俺が言いたいことは分かるか?」
「うん、分かる」
「じゃあ、止めろよ」
「止めません」
大体ここは陸の上です。
街のど真ん中です。
じゃあじゃあとシャワーから熱いお湯を流しながら、私は長曾我部さんの言葉に肩をすくめる。
往生際というものを良くして欲しい。
運良く、実に運良くというか、何故かは謎だが残っていた前の彼氏の水着を着せて
風呂場にたたっこんだ長曾我部さんを前に、ため息をつく。
(前の彼氏の水着は使用済みなので、着せることにためらいがなかったといえば嘘になるが
黙っていれば、良い。というか、そもそも彼が髪を洗わないことが原因だ)
「大体、なんでそんなに痛かったの。普通にしてればそんなに入らないでしょ」
「そこの容器に」
「うん」
「注意書きってあったから読んでたら目に入ったんだよ」
「…………」
最初に説明しておくべきだったんだろうか。
シャンプーしてる間は目を開けるなって。
いやしたな、したけど。
もっときちんとするべきだった。
相手は何もわからない三歳児のような存在だと思うべきだった、私。
見開いてる状態でがんがんに泡が入れば、そりゃあ痛かろう。
注意書きを読もうとしていたところを褒めれば良いのか、なんなのか。
そういえば、彼に最初にお風呂を勧めたとき、ちょうど洗いものものをしていたけれども
なんだかちょっと声がしたような…。
思い出しかけて、その思考を私は打ち切る。
…思い出したところで過去の産物。
決して注意してない私が悪かったという結論を避けるためではない。
あぁ、決して。
でもとりあえず、今日のご飯はリクエストでも聞いてあげよう。
彼に対してできるせいいっぱいの優しさを考えながら
私はシャンプーのポンプを押す。
…正直、男とかそんなことは全く思わず
もっとぶっちゃけると、でかい犬を洗っている気分だった。