砂浜を手を広げて歩く。
潮風が体に絡んで、べっとりと貼りついた。
私はそれを不愉快に思うけれど、長曾我部さんはそうではないらしい。
気持ち良さそうに目を細め、彼は海辺を歩いている。
「海は、いいよな」
一瞬話しかけられているのかと思ったが、独り言のようだったので
私は黙ってただ歩く。
声に混じる郷愁には、耳をふさいであげることにした。
気付かれていることを、知りたくもあるまい。
ぼんやりとただ二人で海辺を歩いていると、ざざぁん、ざざぁんという音がする。
波の音は、不規則に空気を揺らして、太陽の光にきらきらと輝く。
「…良い、天気」
休みの日を一日潰しての、お出かけであるが
私にとっても良い気分転換になるかもしれない。
美しく煌めく海を見ながらそう思っていると、長曾我部さんがこちらを見た。
「海は、綺麗だよなぁ」
「そうだよね。綺麗」
「でもな、知ってるか。こんな綺麗でも、ひとたび沖に出りゃあ
この海は化けもんみたいに人を簡単に飲み込んじまう。
俺の部下たちも、ここの底に何人飲み込まれちまったことか」
正確に言えば、ここの海では決して無いのだろうけど
長曾我部さんはそう言って、それでも愛おしそうに海を、眺める。
「………でもなぁ、俺はやっぱり海が好きなんだ」
「見てたら分かるよ、そんなの」
「そうかい。そりゃあ、俺も分かりやすいな」
「………早く、帰れると良いね」
言おうかどうしようか迷ったが、結局私はそれを口にした。
短い期間で戻るのが分かっている人だ。
けれど、その短い期間すら彼には耐えられない。
この世界は彼には穏やか過ぎるのだ。
彼が言うように、沖に出て化け物のように人を飲み込む海(世界)こそが
彼の求めるところに違いなかった。
そうして、その私の言葉は彼の柔らかい部分を突き刺したようで
長曾我部さんは、一瞬苦しげに眉をしかめると
「そうだな、そうなりゃいいんだが」
その長曾我部さんの声の様子に、私は世界が違いすぎるのも
考えものだと困り果てた。
シリアスな展開になると、どうしていいものやら分からない。
とりあえず、二人で延々と砂浜を歩いて、私と彼は会話も少なく家へと帰った。
家へ帰ると彼は、いつも通りにご飯を食べて、下らない会話に付き合って、そして寝る。
「海を見て、とりあえずは落ち着いたみたいだけどもー」
どもーだ。
一週間と少しでホームシックとは、お殿様も所詮は人か。
四国の殿さま相手に私は失礼を考えて、それから風呂の水面を見つめた。
今回は、落ち着いたみたいだけど、ちょくちょく海には連れて行ったほうがよさそうだな。
来週まで居るのなら、とりあえず来週も、と考えて
私は早々に長曾我部さんが元の場所に戻れることを祈った。

少しだけ、私はあの人が、最初の夜に私を怒らなかった訳が分かったような気がした。
疲れている可哀そうな人には、憐みを人は覚えるものだ。