少し長めの湯治にでも来たとでも思えば良い。
元親は、今回の事態についてそう考えている。
見知らぬ場所に飛ばされて、何日かがたった。
不便と不自由はあるが、命の危機はない。
女に教えられた、てれびの画面を見ながら、元親はまどろみのような世界だと、今居る場所を思う。
女が一人歩きをして、一人で生きていける世界なのだと、
この部屋の主は言う。
日本に限っていえば、平和だと思うよ、多分。
そう言った女に、多分ってなんだと尋ねると、通り魔とか?と首を傾げながら答えた。
絶対死なないってわけでもないから。
そう言う女の答えは、元親にはぬるい。
―この世界では、戦国の世は遠い昔なのだという。
しかし、元親の話す事柄は、この世界での『昔』とは繋がらないのだともいう。
なんか、歪んでるんだと思うよ、全てを信じるという前提で考えるとね。
壁を突き破った感じ。と、例えで指を絡めながら言う女は、
最初の印象とは違い、頭が良さそうにみえた。
いや、実際頭は悪くないのだと、思う。
ただ、己の限界を超えると、理性の制御がきかなくなる部類の人間ではあるようだが。
女の最初とその次の言動と、普段の言動を比較して考えて
元親はくっと意地の悪い笑みを浮かべた。
可愛い女の子がお嫁さんに欲しい。
涙目で訴えるようなことか?
女よりも、海が良い元親には良く分からない話だったが
部下にもそういう主張をする奴が居たし、それと同類だろうと片付ける。
…そこで、部下のことを思い出して、元親は何気なくいじっていた
からくりを触る手を止めた。
奇妙なことに帰れる確信がある。
長い間でなく、少しの期間で帰れる確信だ。
だから、元親は焦らないし、女の要求に快く付き合える。
帰れるのならばどうにでもなる。
万が一、余所に攻められても、短期間ならば凌ぎきると。
元親は部下達を信頼していた。
「だけど、なぁ」
呟いて窓の外を見る。
目の前には、灰色、灰色、灰色。
乱立する灰色の建物群。
緑は少なく、空は遠い。
そして、何よりも、海が無い。
あの青々とした、日の光を受け光る水面や
夜の暗がりの中、沈み込むような深さを見せる色を思い出して、元親は切なくなった。
海が、無い。
それは海に慣れ親しみ、海こそが故郷のような気持で居る元親にとっては
酷く違和感があり、寂しい、だとかそういった似合わぬ感情を彼に抱かせる。
「海が見てぇ」
無意識に漏らした呟きは、無意識の分だけ、切実さに満ちていた。
そうして。
彼がそのように思っていることに気が付いていたデフォルトが
帰宅して明日は休みであるからと、開口一番に、
「気分転換に海でも行きません?」と、持ちかけ。
喜んで頷いた元親に、まるで子供のように頭を撫でまわされて
怒ることになるのだが。
その出来事もまた、元親の居た日常とは程遠く、まどろみに似ていて
元親の胸を、どうしても郷愁がちらつくのだった。