一週間の断片
「長曾我部さん、ご飯できたよー」
「長曾我部さんお風呂ー」
「じゃあ、ごゆっくりね、長曾我部さん」
「長曾我部さん、寝床ここね」
「長曾我部さん朝ですよー」
「朝ごはんはどれぐらい食べるちょうそひゃ」
………気まずい沈黙が訪れた。
「いや、朝だからね」
「朝だからっていうか、俺の名前が長いんだろ」
「いや、いやいや、ちゃんと呼びますよ、私は。
ちかべとか略しません」
「それは略すな」
「あぁ、うん、はい」
「ところで長曾我部さん」
「なんだよ」
向かい合う人の顔を見る。
これは聞いてもいいことかしら。
心の中でもう一度考えて、これぐらいならいいだろうと結論を出す。
「長曾我部さんの部下ってどんな人達?」
聞くと、彼は一つしか見えない目をぱちりと瞬かせ
それからにっと笑みを作る。
「ちょっと気性は荒いが、気のいい奴らだぜ。
可愛い部下達よ」
そういう彼の顔からは嘘はみえなくて、私は作ったきんぴらに手をつけながら
ふぅんと相槌を打った。
長曾我部元親という人は、機械類に興味があるようだった。
新兵器のカラクリがどうだとか、最初に話していたのだから
予想できたことではあったが。
「これどうなってんだ」
不思議そうな顔をして、しげしげと彼はテレビのリモコンを見ている。
面白いのでそのまま放っておいたが「分解してぇな」という小さな呟きが聞こえたので
私は慌てて彼に壊れた腕時計とドライバーを与えた。
……危ない。
とりあえず、許可を与えたもの以外は分解禁止令を出しておこうと思う。
家に帰ると、明かりがついている。
なんだか慣れない。
マンションの一室、四階の端の家の窓から明かりが漏れているのを見ると
一瞬泥棒かと思ってしまう。
そんなわけはないのだが。
「ただいま帰りました」
「おう、おかえり」
部屋の奥から長曾我部さんが顔を出す。
手には細かい歯車を持っていて、私は思わず苦笑した。
「家族はいねぇのか?」
彼からの質問に、私は首を横に振る。
「いえ、いますよ、普通に」
「ふぅん」
彼から質問が来るのは初めてのことだった。
贅沢を言うならば、もう少し別の質問にして欲しかったけれど。
家族はいますか?
いいえ。います。ふつうに生きています。
ただ、絶縁されているだけです。
………いや、これ居ないって答えるべきだったかも。
思ったけれども、口から出た言葉は取り消せないし
訂正するのもおかしな話なので、何人家族なんだ?と質問を続ける彼に
ごく普通に私は答えを返した。
「ほら、見ろ!」
勢い込んで長曾我部さんが与えた腕時計を持ってくる。
何気なく見てみると、もう動かなくなっていたはずの秒針が
かちかちと小さく動いている。
驚いて彼の顔を見ると、長曾我部さんは得意げな顔をして
「カラクリいじりは得意なんだよ」
と笑う。
「すごいですね」
私は思わずそう言ったけれども。
あれ。これ彼に無駄な技術と知識付けさせてないか?
そのことに気がついたのは、お布団の中に入ってからだったので
眠りに落ちた私は当たり前のようにそれを忘れた。
「そういえば海賊って具体的になにするの?」
「決まってんだろ。お宝を見つけにいくのよ!」
「……ふぅん、そうなんだ…」
それ、海賊じゃなくて、冒険家っていうんじゃないの?
とは言わなかった。
こう、良心的に。
いや、略奪行為とかいう答えが返ってきていても、それはそれで困っただろうが。
「ぶはっ!!」
「…?!何、何どうしたの?」
「い、い、いや、何でもねぇよ」
ぶっくくく、という奇妙な笑いを漏らして、長曾我部さんは
身体をくの字に曲げている。
何が、そんなにおかしかったというのだろうか。
私は机の上を見たが、そこには買い物にいった戦果である
牛乳と卵とネット入りのオクラしかなかった。
…笑う要素が見当たらないんだけど。