九時前に会社に電話を済ませ、状況確認を済ませてみるとこうだ。
長曾我部さんとやらは、四国を治める殿様にして海賊だという。
ある日、新兵器の実験をしていたところ
その新兵器の起動に失敗して、爆発が起こり
気がついたらここに居たのだ、彼は語った。
………ちなみに新兵器ってどんな。
と聞いたところ、向こうの五階建てのビルを指差して
あれぐらいの大きさだというのだから、あははは。
木造でがしょんがしょん動くというのだからあはは。
お前、この間お台場で白い奴のはりぼてが
公開されたばっかりだって言うのに。
それからあと、付け加えるとしたら
世は戦国時代で、織田信長とか武田信玄とか、
豊臣秀吉とか徳川家康とか、伊達政宗とかと天下を争っているらしい。
ははは。
………あの、時代がごちゃまぜすぎませんかね。
なにそのオールスターゲームみたいな。
詰め込めばいいってもんじゃない。
荒唐無稽、夢物語。
もっというなら妄言妄想、それがお似合い。
だけど、それをいうならば相手も同じで
相手の主張を考えたときに、ここは二十一世紀です。
車やら電車やらで移動して、信用貨幣で商売して
電気とかガスとかで、ずいぶん世の中便利になってるけど
ここはそう、あなたの暮らしていた日本と同じ名前の国です。
なんて、ねぇ?
信用ならないと、双方が思っているのを、またどちらも感じ取りながら
私と長曾我部さんは同時にため息をついた。
いや、信用はしませんよ。だけどね。
「あー長曾我部さん、起きてることを認める気はありますか?」
「認めねぇとしかたねぇ」
彼の返答は実に潔かった。
両者の間に共通認識としてあるのは、穴から出て(きた)(きてしまった)
ということ。
それから、長曾我部さんの居た場所と、それからこことはまったく別であること。
いや、長曾我部さんの話を別に十割信じたわけじゃない。
しかし、十割信じないわけじゃない。
頭がおかしくて、自分の作った話を全く真実だと信じている。ということにするには
間に挟まる(あの穴)事象がおかしすぎた。
非科学的だなぁと私は思ったけれども、そういえば最近心霊特集見ないなという、
どうでも良い考えに取って代わられる。
まぁ、ようするに考えるのを投げたのだ。
…銀髪の兄ちゃんが、殿様AND海賊。
そのAND条件は成立するのか。
論理和ですらなく論理積なのか。
いたく常識的に出来ている私の脳みそは、その事柄が語られた時点で
ぶつんとブレーカーを落としていたのだ。
あぁ、仕方ない。
だから、男が語ったことも、別にそれでいい。
だって、疑うってことはそれについて考えないといけないってことじゃない。
「で、だ」
頑張って現実逃避をしていた私の耳を、低い声が震わせる。
無視するわけにもいかず、目の前の半裸の男をちらりと見ると
彼は真剣な顔をしてこちらを見ていた。
出される話題は分かっている。
前提条件。
ここは長曾我部さんの居た場所でない。
長曾我部さんは金銭、またはそれに準ずるものを持ち合わせていない。
長曾我部さんはこちらの服も持っていない。
長曾我部さんはこちらの世界のことを何もわからない
よって、こちらでの金銭の稼ぎ方も、また分からない。
議題
さて、ここから元の場所に帰りたいが、その間どうすれば良いか。
答えは一つしかない。
私は片手を上げて、長曾我部さんの言葉をさえぎると
長曾我部さんの容姿をまじまじと観察する。
銀色の髪。眼帯をつけた整った顔。彫像のような見事な肉体。
その外見を見て、私は大きく息を吐き。
「…可愛い女の子だったら完璧だったのに」
「素面でもそれかよ!!」
非常にきれの良い突込みが来る。
「あ、その突っ込みはYESだね」
ぴっと人差し指で長曾我部さんを指して言うと、彼は呆れ顔をした。
しかし彼の凄いところは、なにがYESなんだと、律儀にまだ突っ込みを入れにくるところだ。
人がいいというか、面倒見がいいというか。
殿様だか海賊だか知らないが、さぞかし部下には慕われていたことだろう。
私は見たこともない部下を羨ましがりながら、長曾我部さんを指していた人差し指を上向ける。
「一つ」
「あ?」
「帰ってきたらおかえりっていうこと」
きょとんと、長曾我部さんの目が丸くなる。
「二つ。ご飯は先に食べててもいいから、私がご飯食べてるときには横にいてくれること
中指をのばして、最後に薬指。
「三つ。私の名前は名字デフォルトデフォルトです。これからどうぞよろしくお願いします」
交渉ごとの基本は、相手のペースに巻き込まれないこと。
自分のペースを貫き通すこと。
相手に喋らせもせずに、三本指を立ててにこりと笑んだ私に
眼帯の彼はぽかんとした表情をみせたのだった。
…なんでこんなこと自ら申し出るかって?
一つ。
交渉権はこちらが主導で握りたい。
二つ。
彼の体格からして、私は長曾我部さんに絶対勝てない。
三つ。
これは直感だけど、長曾我部さんと対暴力でやりおうと思うと、外に助けを求める前に、私は死ぬ。
助けを求めた人も死ぬ。
四つ。
これ一番大きいんだけど、このお兄さん凄く良い人そう。っていうか良い人だと思う。
昨日の私のあれで怒らないとかマジ神様。
その上「あーなんだ、おかえり?」とか。
うわーまれにみる良い人。
すっかりよみがえった昨日の記憶を思い返しながら、私は長曾我部さんの心の広さに地味に感動していた。
…出会いざまに鼻本気で殴られるとか。
しかもびっくりしたとかいう理由でもなく、女の子じゃなかったから。
………うわー。
可哀想にと同情しながら、いやでもしかしと、目の前の人の幸運を思う。
昨日の夜の「あーなんだ、おかえり?」がなければ、死んでも暗黙的に、住んでいいよなんていわなかった。
良かったね、長曾我部さん。情けは人のためならずだよ。