いきなり目が覚めたら、知らない男が横に居た。
「銀髪、眼帯、上半身裸」
特徴を連ねていって、それから天井を見上げて
自分の衣服の乱れを確認する。
オーライ、全く乱れなし。
スーツのままです。
おまけに化粧を落としてないから肌ががびがびです。
「まぁ、それはいい」
そう、それはいい。
特に別に妖しいことはなかったようで。
昨日嫌な事がありすぎて、滅茶苦茶に飲んだ記憶があるから
そういう事になっていても、あちゃーとしか言えないのだけれど。
いや、ある意味あちゃーか?
どうにもおかしな格好をした男を前に、私は腕組みをする。
着物、のようなものを着ている。
ただし滅茶苦茶に着崩しすぎて、なにがなにやら良く分からないというか
まるでコスプレみたい。
それに拍車をかけているのは、顔を多く隠した眼帯に、銀色の髪。
整った容姿も、まぁそこに含まれるのかもしれない。
「…なんだこの人」
こつこつと、自分の額をたたきながら私は考える。
仕事で嫌な事があって、ありすぎて、思わず飲みにいって
はしごして、終いには赤提灯の屋台で飲んだくれてべろべろになって。
「………女子高生の、お嫁さんが欲しいって吼えて」
家に帰ったら
「でかい穴が」
2DKのDに。ダイニングの天井に、ぽっかりと。
「指差して」
あっと言ったならば
「でっかい男が降ってきて、それで、あれ?」
「殴ったんだろ、俺を」
聞きなれない低い声に、びくりと肩を跳ねさせて声のほうを見ると
男が目を開けてこちらを見ていた。
その視線の強さに息を止めて、男の顔を見る。
「あ、え、と、おは、よう、ござい、ます?」
「あ?あぁ、あー…」
戸惑いがちに声をかけると、向こうも戸惑いがちに声を漏らす。
酒って怖ぇえな。という小さな呟き声に、私は内心悲鳴を上げた。
私・この人に何をしたの。
あからさまになんだか、珍獣を見る目で見ている彼の、この有様からして
私は酔って彼に何らかの狼藉を働いたに違いない。
うああああああああ、酒こえええええええええ。
ただ、分からなければ、謝りようがない。
のた打ち回りたい衝動を抑え、思い出した記憶の更にその先を手繰る。
穴、帰ったら、穴が開いていて、そこから人が落ちて……
「あ?」
私は柄の悪い声を上げながら、目の前の男を見た。
銀髪、眼帯、着崩れた服装、どちらかといえば、柄の悪そうな…
「あーあーあーあー」
「あ?」
首を傾げる男。
銀髪が朝日にさらさらと揺れて、綺麗と言えば綺麗だが
いやしかしそれはどうでもよくて。
「あの、ところでつかぬ事をお伺いしますが」
「なんだよ」
「あのー、お兄さん、…なんかこう、穴から降ってきませんでした?」
「…………あぁ」
「あ、そうですよね、ですよね、穴から人が降って来るわけが」
「降ってきたぜ」
「は?」
「俺は穴から降ってきた」
思い出す。
家に帰ってきたら、ダイニングの天井に穴が開いていて
それをぼんやりと見ていたらそこから人が降ってきて
その人は銀髪で、眼帯をしていて、おかしな格好をしていた。
そう、まるで、彼の、よう、な。
「え、あ、え?」
「んじゃあ、仕切りなおしといこうぜ。昨日は全く話しができなかったからな」
「あ、え、う、あ?」
「俺も困ってんだよ、外見りゃ、化け物の世界かって位景色は違うわ
外歩いてる奴らの格好は南蛮みてぇだわ、おまけにそのくせ、言葉は通じるときてる」
なぁ、と男がこちらに手を伸ばす。
私はそれを退けることもできず、ただ黙って男に肩をつかまれた。
「なぁ、教えちゃくれねぇか。ここは、一体どこで、なんだ」
男の言葉は、問いかけの様相をなしていたが、
おおよそ人にものを尋ねる態度ではなかった。
圧倒的な威圧感。
まるで、王様みたいな。
私は、ぱくりと口を開いて、何を言おうか迷った後
「とりあえず、えぇとお名前は」
無難なような、それでいて間抜けな質問を相手にした。
男はそれに顔を歪めて笑うと
「長曾我部元親」
低い声で、言った後、彼は俺もしらねぇのかと、ぽつりと呟く。
その声が迷子のような響きを孕んでいて、私は少しだけ肩の力を抜いた。
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今日は水曜日。
とりあえず、お休みの電話を、九時前になったらかけて。
………なんだか、長い一日になりそうだと私はひっそり男の、長曾我部さんの顔を見つめた。