○月某日。
織田軍の勝利で、戦は幕を閉じた。


出かけていた主たちが戻ってくるということで
出立前と同じように、城はてんてこまいに忙しかった。
…のは、数日前まで。
いつもと同じように、つつがなく光秀様は戻ってこられ
いつもと変わらない日常を、私は送っている。
「光秀様、お茶でございます」
いつもと同じように、茶を運ぶと、光秀様が私のほうを見る。
それに視線で答えると、光秀様はおもむろに口を開いた。
「ところでデフォルト
「はい、なんでしょう主様」
「私が居ない間、寂しかったですか」
「………は………」
思わず気の抜けた声を漏らしたのは、悪くあるまい。
いきなり何を言っているんだこの人は。
私は目を瞬かせたが、思い直す。
いきなりさらってきて、いきなり雇い入れて
それなりに良い待遇をしてもらって。
そういう扱いをされているということは
彼は私を嫌っていないということだ。
…多分。
むしろ、飼い犬のようなものだと認識して
『それなり』に可愛がっているつもりなのかもしれない。
…多分。
うん。わからないけど。
知らないけど。
ともかく、それなら数日間離れていて寂しかったか
と聞かれるのはおかしくはない。
犬が飼い主がいなくて寂しがるのはおかしいことじゃない。
私、犬じゃないけど。
動揺から、少しおかしなことを思いながら、しかし上司相手に
失礼な口をきくわけにも、放っておくわけにもいかず
私は口ごもりながら
「えぇと…まぁ、それなりに」
と、答えたが、なんとも判別つきかねる回答だ。
口が達者でないことが、口惜しい。
だが、光秀様はその私の曖昧さを気にした様子もなく、そうですかと
どうでも良さそうに茶を口に運ぶ。
「そうそう、貴方が言ったように、今回は沢山、沢山、遊べました」
「……そうですか………よかった、ですね?」
「えぇ。首を飛ばしたり、貫いたり。
だから、験を担ぎに、次回もまたよろしくお願いしますよ、デフォルト
語尾が疑問系だったのは、せめてもの抵抗の表れだったのだが
光秀様相手にそんなものが通用することもなく、
彼はさらりと、嫌なお願いをしてきた。
(沢山沢山遊ぶために、いっぱい遊べるといいですね…と、言うの?私が?)
それはちょっとと、良心の呵責に従って言ってしまいたい、が。
機嫌よさげに私の顔を見る主の視線に押し負け、私はこくんと頷いてしまったのだった。
いやでもだって、断ったら後が怖い………
うん、たいそう心が弱い。
が、私がそれを気に病む暇も与えず光秀様は
「貴方は存外に役に立ちます」
「は、はぁ…」
「気に入って、攫ってきたかいがありました」
「はぁ、まぁ…その、光栄です」
光秀様に褒められても、どうしていいのか分からない。
どう言えばいいのか分からなかったので、自分が入れた茶が注がれた
湯飲みを見つめながら言うと、光秀様はくくくと、不気味な笑みを浮かべる。
「これも、そうですが」
湯飲みを置いて、光秀様は私を見る。
良からぬことをされる気配に、内心逃げ出したい気持ちでいると
光秀様の手が伸びてきて、私の頭頂部をぐっとつかんだ。
そのせいで身を引くこともできず、抵抗すらできない間に
光秀様が迫り―そして、唇に冷たい感触が触れた。
爬虫類のような、冷たい体温。
口付けをされたのだと、私が思い至ったのは、
光秀様の顔が離れてからだった。
動揺している。
驚きに目を丸くしながら、目の前の人を見つめていると
彼はやはりくっくと、趣味の悪い笑いを浮かべながら
「そういう表情をされるとは…喰らってしまいましょうか。
ねぇ、デフォルト
美しい顔で、獣のように笑いながら、光秀様は私の手をつかんだ。
指先が触れ合い、握り締められる。
私は、光秀様の低い体温と、自分の体温が混ざり合ってゆくのを感じながら
ただ呆然と、彼のことを見ているしかなかった。

そんなの、全然、気がつかなかった、のに。

もう一度、口付けられる。
指を絡ませたまま口付けを交わすなど、まるで恋人のようだと
他人事のように私は思って
…特に騒ぐほど嫌でもないなら別に良いかと、抵抗することをあきらめたのだった。