○月某日。
織田軍の出陣が決まった。
どこそこを攻め落とすという話であったが、私には関係ない。
恭順を迫るわけでもなく、ただ蹂躙しに行く相手の名など
聞いても罪悪感を覚えるだけだ。
しかし、無情な暴力行為を行いにいくにもかかわらず
主は大変に機嫌がよろしかった。
いや、だからこそ機嫌が良いのか。
常のように、湯飲みに茶を注ぎながら、この間とは一変して
穏やかな、しかし子供のような表情をしている光秀様の顔にちらりと視線をやる。
内心舌なめずりをして、今か今かと、獲物を振るう瞬間を心待ちにしている顔。
「明日、出立します」
「そうですか」
知っている。
皆、大慌てで準備をしているのだ。
静かなのは、この一室だけ。
光秀様の私室の中で、私と彼だけが、周りの喧騒から離れ
静かに呼吸している。
「………光秀様」
「なんです」
茶を注ぎ終わった急須を引き、声をかけると
彼は湯飲みを持ちながら私を促す。
…ご武運を、だとか、ご無事で、だとか。
声をかけようかと思ったが、どう言えばいいのか良く分からない。
デフォルト。
主が私の名を呼ぶ。
その静けさに思わず
「いっぱい遊べるといいですね」
言葉が口をついて出る。
そして即座に、私は表情を凍りつかせた。
遠足か何かに行くような口調で、何を言っているのだろう。
主たちは戦を行いに行くのだ。
それを遊び場に行くような感覚の口調で、なにを。
いいや、主の行動的には正しいのだけれど
私は一般の、普通の、常識を持ち合わせた善良な人間のはずで!
後悔と罪悪感に苛まれる。
しかし光秀様は私の言葉に、きょとりとした後
狂ったように笑い出した。
「く、ふふ、あはははははは!!デフォルト、貴方、貴方という人は…!」
「失言です、失言なのです光秀様、お忘れください!」
必死に取りすがり首を振るが、あろうことか光秀様は
目じりに涙まで浮かべて笑い狂う。
すいません違うんです!と言いつづける事暫く。
ようやく笑いを収めた光秀さまは、デフォルト、と私の名を呼んだ。
「…はい」
それに小さな声で返事をすると、光秀様は、もう一度私の名前を呼ぶ。
「デフォルト」
「…なんでしょううか」
「やはり、貴方は」
「はい」
「やはり、殺してもつまらない」
…どういう感想だろうかそれは。
貶されているのか、褒められているのか。
もやもやとする気分のまま、伏せていた顔を上げ、光秀様の表情を見て
―その表情からは答えなど読み取れず、私は密かにため息をついた。
…………どういう意味なのだろう、それは。