「つまらないですねぇ」
主が呟いた。
げぇっという顔をしている家臣の方を尻目に、
私は空になった彼の湯飲みに中身を汲みなおす。
「…本当に、つまらない」
ちろりと赤い舌が出て、主の薄い唇の上をなぞってゆく。
その仕草は、明智光秀という人の印象そのままに蛇のようだった。
「み、み、光秀様、………今日の用向きは伝えましたゆえ
某はこれで退室させていただきたく」
「おや、そうですか。もっとゆっくりしてゆけば良いのに」
「いいいいえ、折角ですが。……では」
すらりと、障子が音を立て、とんっと僅かな余韻を残して閉まった。
それを頬杖突いて見送っていた主は、やれやれと呟き
「…斬ってしまえば良かったですかねぇ、デフォルト」
「返答に困ります、光秀様」
正座したまま答えると、主はゆっくりと顔をこちらに向けふっと笑う。
「心配しなくても、貴方は斬りませんよ、デフォルト」
「えぇ、はい。………心配しておりません」
「えぇ、心配しなくても。貴方の入れる茶は、貴方を生かします」
彼は鷹揚に頷いた。
銀の髪が、それにあわせて揺れる。
………ある日、ごく普通に茶屋で働いていた私は、
運悪くこの明智光秀という人にお茶を出し、そして何故か
それしかしていないのに、つむじ風のように攫われ
気がつけばこの人のそばで侍女と言う名のお茶汲み係をやっていた。
二・三記憶のない箇所もあるし、三・四度脅されているし
四・五度殺されかけているので、
なんだか世の中理不尽かな、と思わなくもないが
生きているので、まぁ良しとしよう。
あの日、この人に茶を出してしまったのが
そもそも運の尽きだったのだ、仕方がない。
デフォルト、デフォルトと、犬を呼ぶように私の名を呼びながら、彼は言う。
『デフォルト、貴方の入れるお茶が、私はとても気に入りました。
侍女を殺して入れ替えて、また新しい侍女に、私の好みを覚えさせるのにも飽きたところです。
貴方を私の侍女にしましょう』
…一切、私の意思の入り込む余地がない就職というのも、
また珍しい話だと私は思ったが、そういうわけで、私はこうしてこの人の傍に控えて
茶がなくなった頃合に、すかさず茶を入れる仕事をしているわけだ。
…いや一応侍女なので、それだけじゃなくて、お花を飾ったりいろいろ細々とした用事もしているけれど。
「ところでデフォルト」
「はい」
「信長公は、いつ、次の戦を起こすと思いますか」
「………存じません」
「そうですね、貴方に聞いたのが間違いでした」
…では聞かなければよいのにと思ったが、仕方がない。
主は暇なのだ。
「あぁ…仕様がないから、起こしてしまおうか…」
物騒な呟きそのままに、現と常世の狭間を浮いているような人であるから
人殺し…いや、玩具遊びをしていない時には、狂うほどに退屈なのだろう。
常人である私には理解できないが。
分かりやすいといえば分かりやすいが
理解りにくいといえば理解りにくい主へと、ふと視線を戻すと
彼はごろりと寝そべり、大きなため息をついていた。
なんとなしに、畳に広がった綺麗な髪の毛を見ていると、指先が伸びて
湯飲みが押される。
…いつの間に飲んでしまったのか、空になった中身。
「申し訳ありませんが、光秀様。お茶を入れなおしてまいります」
「もう空ですか」
「あるにはありますが、渋くなっております」
「かまいませんよ」
投げやり気味にいわれた言葉に、渋いといって斬られたりしないだろうなと
疑いながら、私は渋々、一杯分ほどの茶を残した急須を持ち上げる。
元来平和主義者であるのに、私はどうしてこの人に仕えているのだろうか。
いや、半強制的であったから仕方ないのだけれど。
うだうだといたぶりたいだのつまらないだのと呟いている主を見下ろしながら
戦なんて世界の果てに滅び去ってしまえばよいのにと思ったが、
そうもいかないの無情の世に、私はため息をつきながら
もう一杯主のために茶を入れたのだった。
とっぺんぱらりのぷう。