どうしてこうなったのだろうか。
膝の上に乗った、名も知らぬ忍びの頭を撫でながら
デフォルトは考える。
赤々しい髪の毛は、ろくに手入れもされていないらしく
硬くて、指通りが酷く悪い。
それでも、この髪を優しく梳く手が止められないのは、何故か。
考えながらデフォルトの意識は、忍びと出会ったその日へと遡っていた。



デフォルトは薬売りだ。
山に入り、薬草をとり、それを煎じて薬を作り、町で売り歩く。
それであるから、いつもと同じようにデフォルトは山に入り薬草をとり
さて山を出ようと思ったところで、彼女は猪に襲われたのだ。
冬前の猪は獰猛であった。
デフォルトを捉えた瞬間に敵だ、と認識をしたのか
猪は素早く迫り来て、デフォルトの体をぽーんと、空にと跳ね飛ばす。
あっと思う暇も無かった。
撥ね飛ばされた全身が痛んだが、それよりも自分は空を舞っている。
このまま地面に叩きつけられれば、死ぬ。
いやそれで死ななくても、猪が地上にはいるのだ。
どちらにしろ死は免れまい。
ぞっとしない心地で、けれどどうしようもできずに
ただ死を待つのみだったデフォルトであるが、運命は彼女に微笑んだ。
彼女の体は地面にたたきつけられるその前に、何者かに掬いあげられ
猪と再度顔を合わせることも無く、その場を離れたのである。





そうして、その何者かが、この目の前の忍びであるのだけれども。
デフォルトは、忍びの顔をじっと見る。
兜に覆われた忍びの顔は上半分を見ることができず
その全体の把握をデフォルトはできなかったが、覗く下半分は綺麗に整っていて
男が美形であることを彼女に教えていた。
「………」
むにっと、気安く眠る男の唇を触って、デフォルトはため息をつく。





猪からデフォルトを助けた男が、忍びであることに
救いあげた男がデフォルトを離して、ようやく初めて気がついた彼女であるが
恐ろしさに震える間もなく、男はデフォルトを山中の洞窟に連れ込み
そこに乱暴に彼女を投げた。
そうして、乱暴な手つきで治療をして、乱暴な手つきでデフォルトを抱きかかえ、寝た。
怪しい意味では無い。
文字通り、寝るだ。
それにちょっと意味が分からないと思ったデフォルトであるが
忍びには怖くて逆らえない。
忍びは戦える人だ。
デフォルトなどいくらでも殺せる。
それに、どうやら治療してくれるようだしと、その場は男の行為を受け入れたデフォルトであったが
一瞬のきまぐれであろうという予想に反して、
男は連日洞窟を訪れてはデフォルトを抱きかかえて寝た。
どういうつもりなのか、最初は男の行為の理由が分からず
ただ戸惑うばかりだったデフォルトだが、傷も癒えてきた頃、その意味がようやく分かった。
彼は『誰か』が欲しかったのである。
自らを抱きかかえ、いつものように眠る男がデフォルトの顔に頬をすりよせてきた瞬間に
その解答は電撃の様にデフォルトの頭に突然に与えられた。
そうして男の行動を省みて見れば、なるほど、そうかと思える。
誰でもいい誰かがほしい男は、丁度良く居たデフォルトを助け
誰でもよかったから乱暴に扱い、そうして、誰でもいいデフォルトのところに
『誰か』が欲しいから連日通いつめては寝る。

忍びの仕事は過酷だと聞く。
であるから、人を欲することもあるのだろう。
それが抵抗せぬならなおさら良い。

男がデフォルトを助け、デフォルトの元に通い詰めるのは、おそらくとしてそういうことだ。
そこに気がついたデフォルトではあったが、彼女にその男の都合は関係がない。
傷が癒えかけた体を見下ろして
今なら逃げられると、そう思ったのだけれども。

男はそれを敏感に察知したのか、ある朝目が覚めると、デフォルトの右足は、鎖で洞窟に繋がれていた。
「………」
それを無言で見下ろしていると、男はデフォルトの髪を触り、デフォルトの顔をじっと見る。
…その表情は兜で隠れて見えなかったが、身にまとう空気が
逃げられると思うなと、そう告げている気がした。









………そういうわけで、デフォルトは薬売りとして旅をすることもできずに
こうして洞窟でつながれっぱなしになっているわけなのだけれども。


男は律儀だった。
任務か何かで来れぬ時には食料をまとめて置いて行き
帰ってきたらどれほどの傷を負っていようと、デフォルトのところに来ては寝る。
時折は、慰めにか花を持ってくることもあった。
そうして三か月ほどの月日が流れてもまだ、こうしてまだデフォルトは洞窟に留め置かれているわけなのだが。
「………髪の毛赤い」
呟いて、彼女は男の顔を見下ろした。
名も知らぬ忍びである。
鎧から覗く髪の毛の赤さに、珍しさを感じながら彼女はくるりと指にそれを巻きつける。
知っているだろうか。
人は人に入ってきてほしくない境界というものを誰しも持っているが
そこに長時間居座られると、不快を通り越して、相手に親しみを感じるようになるのだ。
そうして、デフォルトはまんまと男に対してそれを適用していた。
いや、まったくうっかりと。
鎖で洞窟に自分を留め置くような暴力を振るわれているにも拘らず
男のことがデフォルトは嫌いではなかったのだ。
むしろ好感を抱いているといっても良い。
そうして、それは男にも伝わるようで、男とデフォルトの関係は
無理やりに繋ぐものと繋がれるものであるというのに
穏やかに安定をしていた、今のように。

膝に頭をのせて、寝息を立てていた男はデフォルトの行動に目を覚ましたようで
身じろぎをして、デフォルトの方へと手を伸ばす。
それに応えて手を握ってやると、男は口元にふっと笑みを浮かべて
デフォルトの腹に頭をすりよせた。
「かわいい」
動物を愛でるような気持でデフォルトが、男の行為の感想を漏らすと
男は不愉快そうな空気を一瞬出したが、それも本当に一瞬のことで
どうでもいいかとでもいうように、更にデフォルトの腹に顔をうずめて
腕でデフォルトの体を引き寄せ抱く。
その忍びの体温に、生きているのだと意味も無くデフォルトは思いながら
そういえば、男の名前を聞いても良いのだろうかと
今更ながらな考えを脳裏によぎらせたのだった。






彼女が男の名前を今更ながらに聞くのは、この少し後のお話。
そうして、彼女が聞いた名前を口に出して「小太郎さま」と彼の名を呼び
それに彼が嬉しげに笑うのは、それよりちょっとだけ、後のお話、である。











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