一言で言うと、きっと俺は「マザコン」なんだと思う。
だって、俺は母さんが大好き過ぎるから。
なんでこんなに好きなんだろうか、と何時間もかけて考えてみた事もあったけれど、結局理由なんて出てきやしなかった。
子供が親を好き、ってのは、多分普通の家庭に育てば、それこそ当たり前に「好き」だってなるんだろうけど、俺の「好き」はちょっと……いや、多分に重過ぎる。
それはまるで恋焦がれるような気持ちなんじゃないかな?
15年生きてきて、生憎と恋焦がれるような激情で恋なんてした事はないし、そもそも「恋」なんてものをした事がはたしてあるかすら不明だ。
女の子は好きだよ。
あの柔らかな肉質とかって、男にはないものだし、ふにふにとして可愛いよね。
だから皆等しく好きだし、同時にどうでも良い。
何でなんだろうと不思議に思うけど、俺は他人に興味が持てないんだ。
本当に皆が同じ感じにどうでも良い。
好き、とか、嫌いとか、普通とか。
そうやって分けるなら、等しく皆が「普通」。
俺の中で、他人てのはそんなもんでしかない。
好きだと言われるのは当然嬉しい。
嫌いと言われるよりずっと良い。
好きだと言ってくれる人には、出来る範囲でなら好意を返したいと思うし、好きなままでいて貰えたら良いなって思ってる。
でも女の子は皆どこか欲張りで、等しく扱われる事が大嫌いだ。
だから俺は彼女たちに怒られる。
誰が一番なのかと問われてしまう。
返せる言葉はそう多くない。
だって一番なんてないのだから。
俺の一番は、女なら母さん、男なら幸兄。
それだけしかない。
妹も女だけれど、アレに対しての執着心は俺は持っていないような気がする。
可愛いとは思ってる。
顔はあんまり可愛くないけど、やっぱ妹だし、ヘンなヤツで、面白いとは思う。
何だかんだで懐いて来てるのも解るし、甘えられてイヤな気もしない。
他人よりはずっと「好き」だ。
でも、母さんとは違う。
花凛がいなくても、俺はあんまり寂しくなんてないと思うから。
でも、母さんがいなくなると思うと、頭の中が真っ暗になる。
どうやって気持ちの平静を保てば良いのか解らない。
そういう時に俺を支えてくれるのは、幸兄だ。
あの人はいつも、怯えて振り返る俺を待っていてくれているような気がする。
微笑んでる訳でもないし、優しい言葉をくれる訳でもないけれど、愛してくれている、とか、受け止めてくれるってのには絶対の自信を持てる相手だから……どうしようもなく嬉しくて、そして、安心するんだ。
多分、俺は幸兄に依存してるんだと思う。
不安をかき消す為に、俺はもしかしたらあの人を利用してるんじゃないだろうか、とも思う。
だとしたら最低だ。
でも。
あの人の全てが俺を惹き付けるのも間違いなくて、どうしようもなく憧れる。
俺は真田 幸鷹になりたい、とまで思うのだから。
でも、それは同時に、母に一番に愛される子供でありたいって願望の一種のような気もする。
そうやってグルグルと巡り巡って、やっぱり母さんの所に戻り来るから、俺はかなり重症なマザコンなんだって気がついちまった。
幸兄に不特定多数の女の子と付き合って、罷り間違って孕ますなよってよく言われるけど、それはきっとないよ。
だって俺、まだ童貞だし。
そんな気持ちにならないんだ。
ただ俺は、俺を好きだって思ってくれてる相手の中にいるのが好きなだけ。
学校には母さんも幸兄もいないから、俺は独りぼっちだ。
でもさ、そこならば、僅かだけれど安堵できるでしょう?
俺を拒む者はいないもの。
人の悪意が怖いんだ。
嫌いだって思われるのが、どうしようもなく恐ろしい。
ココにいるのが許されないような気がする瞬間、俺は生きているのか死んでいるのかすら解らないほど心が凍る。
理由なんて解らない。
母さんと幸兄ばかりが大好きな気持ちに理由がつかないように、それにも理由は見つからないんだ。
ただ、嫌悪が、悪意が、拒絶が。
怖い。
恐ろしい。
身が竦んで動けなくなる。
女の子たちに囲まれている時、一部の男が俺を酷くイヤな目で見るけれど、その嫉妬の目には見覚えがあるような気がする。
誰の目だろう?
解らないけれど、酷く恐ろしいと思う。
そんな憎悪の瞳なんて記憶にもないってのに、どうして知っている気がするんだろう。
不安に思って聞いた俺に、幸兄は言った。
俺が母さんの胎内にいた頃、俺たち家族は上田城にいたけれど、城主の傍にある事で、やはり命を狙われたりだとか、こっちの世界ではありえない環境にいたから、だから、そうした感覚が残っているんじゃないかって。
母さんも、そういうのはトラウマみたいなモンだから、俺が気にする事はないんだって言ってくれたけど。
そうなのかな?
俺の心が「弱い」からって訳じゃないのかな?
俺が生まれるのを母さんも幸兄も楽しみに待ってたって言うけど、親父は?
親父は違うの?
あの人って、母さん意外をホントに好きなの?
俺はあの人、信じ切れないよ?
母さんを見る目と、他を見る目が違いすぎるじゃん。
花凛ちゃん花凛ちゃんって言ってるけど、溺愛してるフリをしてるだけにしか見えないもん。
ウソクサイ。
嫌いじゃないよ。
実の父だし、別にイヤな事もされないから。
でも逆に言えば、それほど関わってないからって言い方も出来るような気がする。
アイツってさ、全部が「花波」で構成されてるよね。
花凛も俺も、自分の子供だから好きって事はなさそう。
むしろ、アイツの場合は「自分の子」だからこそ嫌いそうな気だってする。
自分の子供じゃない幸兄も、実子である俺や花凛も、等しく可愛がってくれるけれど、その核は「花波」なのは丸解り。
花波の子供だから、花波の生んだ子供だから。
だから可愛がれる。
好きだって思える。
ただそれだけだろ?
そんなの幸兄だって俺だって解ってるさ。
俺や幸兄が母さんを愛するのに対して、親父にはどこか冷めてるのは、それが理由だ。
だってアイツにとってだって、俺たちはそんなモンに決まってるんだからさ、こっちばっかり思うなんてイヤだね。
でも、「家族」だからこその、独特な情だけは持ち合わせているから、家族生活を営める。
例えば。
例えばだけど。
母さんが佐助に子供たちを殺して欲しいって頼んだとする。
そうしたら、アイツは迷う事無く俺たちを殺すって解ってるんだよ。
俺も幸兄も。
……もしかしたら、花凛でさえも。
けど、もう一方で。
幸兄も同じだと思う。
母さんが佐助を殺してって頼んだなら、きっと……幸兄はいつものクールな表情を崩す事もなく、アイツを殺してしまえるんだろう。
俺たちと「佐助」と、母さんはどちらを選ぶのかな。
きっと、佐助だよね?
子供は選べないけど、夫は選べるんだから、そりゃ当然っちゃ当然だけどさ。
それでも、すごく悲しい。
俺は母さんに選んで貰いたい。
佐助なんていなきゃ良いのに。
アイツがいなけりゃ、俺と幸兄と花凛とで、ただ綺麗な丸でいられるのに。
愛して、愛されて、全てがちゃんと収まるのに。
アイツが歪(ひず)ませるから、ウチはおかしくなる。
幸兄が苦労する。
手を汚す羽目になる。
それでも、アイツを選んだのは、俺たちが愛してやまない母さんだと思うから、俺たちは何も言わずに我慢してるだけなんだ。
佐助がいなけりゃ、気を揉まなきゃいけない相手がいなけりゃ、母さんはもっと幸せだったんじゃないのかな?
趣味が悪いって言っちまえばソレっきりな話だけれど、母さんはホントにおバカさんだよ。
だから俺も幸兄も、母さんを放っておけないんだ。