私と慶次がお家の中だけ姉弟とはいえ、家の中では仲がいいことに変わりはない。
ついでにいうと、その仲の良さというのも、年下の男友達、年上の女友達的なものだったけれども
まぁそれも仲が良いことには変わりない。
上手くやっているのはやっている。
けれども、それで両親ともに安心して家を長く空け
仕事にばりばり励みだすのは如何なものかとデフォルトさんは思うのです。
あのーお父様お母様、私たちはお年頃ですよ?
…………………と、言ってはみたものの。
私・慶次である。
当然ながらなんもない。
あっても困る。
私にその気はないし。
あれを男と見ろと言われてもという気分。
無論、向こうにもないだろうけれども。
そういうわけで、こういう状況でありがちな
お風呂でばったりドキ☆ポロリ事件や
危機的状況を救われてドキ☆事件もなく
平和に私たち二人は平和に暮らしている。
『慶次君が居るから、早く帰らなくなっても安心ね。
デフォルトも慶次君居れば寂しくないでしょ』
といって、出来るだけ早く帰る様にしてくれていた母が
遅くまで残業をしだして、今更バリバリのキャリアウーマンへの道を歩みだし
家事一切が私の分担になったが、何も何一つとして問題ない。
平和平穏無事のうちですとも。
ちなみに家事一切ということは慶次には何も任せていないということだけど…
…だって仕方ないじゃない。あいつざっぱなんだよ。
一応小器用にこなすが、仕上がりが雑。
慶次らしいといえばそうかもしれないが、それじゃあ家事は任せたくないのだ、私は。
だから私が全部こなす。
私はストレスフリー。
慶次もストレスフリー。
素晴らしい。
そういう訳なので、私の日常の中に学校帰りに買い物に行って帰る、という行動が加わった。
家族四人分の買い物というのは、中々の重量であるが
下手に慶次についてきてもらって、学校の誰かに捕捉されても困る。
ので、警戒は怠らず、一人で本日の夕食、麻婆豆腐と青椒肉絲
あと餃子の材料を買い込んで家に戻った私を出迎えたのは、うなだれた慶次だった。
…いや、うなだれたというのは正確でない。
器用に無言でうなりながら頭を抱えて机に突っ伏した、が正しい
…のだけれども、面倒だからうなだれたでいいや。
ともかくそんな感じの慶次に、ただいまと一応声をかけると
おかえりと力ない返答が返された。
珍しい。
いつもは鬱陶しいぐらいに明るいくせに
意気消沈、切れた蛍光灯みたいにされていては、こちらの調子が狂うではないか。
仕方ないので、買ってきたものを冷蔵庫に詰めた後
私は自分用に買った三個入りプリンのうち、二つを両の手に持って
慶次の首に押し当てる。
「つめてっ!?」
「なにかあったの?慶次」
目を見開いて、飛び上がるように起き上がった義弟に問うてやると
彼は今度は目をぱちくりとさせながら私を見た。
「…今のデフォルト姉ちゃん?」
「ううん。違うよ」
「じゃあ誰だよ」
「お化けかな」
「…いい年してお化けって、姉ちゃん…」
しれっとした顔で言ってやると、慶次が複雑そうな表情を浮かべたので
その頭をこづいてやる。
いってという声が上がったが、コミニュケーション・コミニュケーション。
丁度良く話の区切りもついたので、「で?」と
慶次の頭の上にプリンを置きながら促すと
義弟は、プリンを受け取った反対の手で、一枚の紙を私に向かって突き出した。
「…進路希望調査?」
「ずっと出してなかったから、今度は出さないと平生点全部無くすって脅しかけられた。
で、今悩んでたんだよ、一生懸命」
「出せばいいじゃない」
「簡単に言うなってデフォルト姉ちゃん。書けないから出してないんだろ」
なるほど。
慶次の言い分はもっともだ。
書けるなら出してるよね、これの場合。
なんだかんだ言いつつ、怒られない程度には要領良いもの。
ただ私の場合、アドバイスしようにも、中学生ぐらいで進路を作業療法士になるって決めちゃったし
あんまり参考にはならないな。
食いっぱぐれないように手に職つけよう→作業療法士が良いかも?→じゃあそれで。の三段活用。
近くに評判のよい医療系の専門学校があることもあって
進路には悩んだ覚えがない。
アドバイスも思いつかないので、しかたなく慶次の旋毛を見下ろしていると
ふと思い出すことがあって首を傾げる。
「でも慶次、夏にもなかった?進路調査って」
同じクラスの石田と、夏ごろに
『進路調査の紙、二年に配られたらしいよ。
部活の後輩が貰ってきて部室で唸ってたの。懐かしいよね』
『あーあったあった。今の時期だっけね、懐かしー』
などという会話をした記憶がある。
まさか夏から持ち越してるんじゃあるまいな、と思った私の考えは
そりゃあったけどと、慶次が渋い顔をしたことで否定された。
「そっちは適当に書いて出したんだけど、今度は二年での最終調査だってさ。
で、今度は三者面談で話に出すって言ってたから、適当が使えないんだよな…」
「あぁ、なるほどね。面談か、そりゃ駄目だ。…しかし…進路調査二回もあったかな、あんまり覚えてない」
「…あのさ、デフォルト姉ちゃん二年だったの去年だろ?しっかりしなよ」
「私は考えるまでもなく決まってたもの。だからその手のはいつも関係なかった」
プリン片手に言ってやると、慶次はうええという表情でこたつの天板に倒れこむ。
その口がずりぃと言うのを私は予想していたが、
彼は口を僅かに動かしたもののそう言わず、その代わりにコタツの天板に懐いてしまった。
そんなあっさり決めててずるいと、散々っぱらクラスメートには言われてきたから
今更言われても怒りはしないけれども。
ただ、それを言わないのは、彼なりの親しき仲にも礼儀ありラインに抵触するからだろう。
空気を読んでいるのか読んでいないのか。
というか、こういうのを見るに、普段の空気読まないのはわざとだこいつ。
分かりきっていたことだったが。
なんとなくため息をつくと、連鎖して慶次もため息をついた。
どうすっかなーと、しぼんだ声でいう彼の旋毛をつついて時計を見る。
時刻十八時半。
そろそろご飯の支度をした方が良い。
私は悩む慶次の珍しい姿を見下ろして
「まぁでも、恋の喧嘩おさめとか言って、誰彼構わず
恋人の仲裁してんだから、結婚相談所かブライダル関係にでも行ったら?
ブライダルは、今はその手の学校もあるでしょ」
今日は中華だと言おうと思ったが、気が変わって
所詮は他人事ゆえの無責任な言葉を贈る。
そうしてもう一つの方のプリンをまた慶次の頭に置いて、身を翻し台所に去った私は、知らない。
慶次が私の後ろでポンっと手を打って、自室のパソコンでそれ関係の学校を調べて
マジで提出したことを。
私がそれを知るのは、来年の冬。
彼が受験生となり、何気なくそういえば慶次は何処を受験するの?と聞いた時のことになる。
………いやね、慶次。
お姉ちゃん、半分ぐらい冗談で言ったのよ、無責任な言葉なのよ。
なのに、『いやぁ、どうしよっかなって思ってたから助かったよ、あんがとな、デフォルト姉ちゃん』
とか、からっとした顔で笑わないでください。
『あぁ、うん?人よ恋せよ命短しを掲げる俺が、その辺りを思いもつかなかったっていうのは盲点だったよな!』
『え?責任感じる?俺、天職だと思うんだけど』
『なんだよ、デフォルト姉ちゃんもそう思うんだったら問題ないだろ?
いやぁしっかし、あの時は助かったよ。担任社会の先生なんだけど、俺、社会苦手でさ、卒業できないかと思った』
………まぁ、その時の様子を紹介すると、こう。
ひたすらに軽い。
いいのかこれで、と思わなくは無いけれども。
知らない知らない。だってこれ来年のことだもの。
今の私は知らないもの。
だから、やっぱり青椒肉絲じゃなくって八宝菜にしておけばよかったな。
という、暢気な思考で台所に立ってる私は
このまま今しばらく何も知らない幸せな時間を過ごすと良いと思う。