昼休み。
高校の教室の片隅。
お昼を食べ終わって、お弁当を片しながら、何気なく携帯を見ると新着メールが2件。
一通目は慶次。
『オムライスが食べたい』
「なんじゃそりゃ」
母さんに言いなさいよ。
と、心の中で突っ込みをいれて、次のメールを見たところで
私は慶次のメールの意味を理解する。
『今日はお父さんとご飯食べに行くけど、ついてくる?』
母親からの食事の誘いのメール。
なるほど。
慶次は断って、こっちに晩御飯のリクエストをしてきているわけか(イコール自分で作る気がない)
これで私が受けたら、ちょっと面白いんじゃないかと思ったけれど
まぁ、母と義父は再婚してまだ半年だし。
家で新婚気分が味わえない分たまには二人きりになれば良いじゃない、と
私はお断りのメールを母に返信した。
私の母と、慶次の父が再婚したのは半年前のことになる。
同じ職場になったのが縁で、そういうことになったらしい。
曖昧なのは、なれそめを殆ど聞いていないからだ。
…いや、正確には聞いたかもしれないが覚えてないというか。
こういった話題が好きらしい慶次とは違って
私はそういうことはどうでも良い性質なので、ものすごく聞き流していた。
いや、だが、興味があっても母親のそういう話題を好んで聞きたいという人も
そうそういないのでは?
と、心の中で自分にフォローを入れてみる。
誰かがいるわけじゃないから、独り芝居だけど。
(オムライスってことは…卵はあったはずだから
玉ねぎと鶏肉だけ買えばOK?
…ケチャップも家にあったはず。うん、いいはず)
リクエストをかなえるために必要な食材を頭の中で考えながら
放課後、スーパーまでの道のりを、てくてくと一人で歩く。
半年前に、母が再婚して、家での環境は大分変わった。
義父と、義弟が突然出来たのだ。
変わらないわけがない。
ただ、家はともかくとして、学校生活は特別変わることは無かった。
再婚する前と同じく、穏やかな学校生活を送っている。
学校での名字については、
『色々とある年頃に、いきなり苗字が変わるのも』
という義父のありがたい配慮によって、前田姓に変えなくて良くなったし
突如として出来た、一つ年下の義弟である慶次とは
家ではそれなりに喋るものの、学校ではまったくの他人のようなフリをしている。
特別、そうしようと口裏を合わせてやってるわけではないのだけど
そうでないと、色々と面倒なのは、お互い良く分かっていた。
同じ学校の男女が両親の再婚で一つ屋根の下というのも
周りからいらない勘ぐりを受ける要因であるし
加えて、集団に埋没している私はともかく、義弟・前田慶次は校内の有名人だった。
恋の騒ぎに迷わず首を突っ込み、微妙に空気読めてるんだか
読めてないんだか分からない発言で、なんとなく解決に到らせてしまう。
それに感謝している人もしていない人もいるけれど
まぁ、とにかくそんな感じで慶次は校内の有名人で。
それに伴って、彼の動向というのは微妙に注目度が高い。
注目度が高いということは、周りの暇をしている人間の
格好の暇つぶしになりやすいということ。
あることないこと言われるのはご遠慮したい
色々とある年頃の私と彼は、家の中でだけ、姉弟なのだった。
鶏肉とたまねぎを買って家に帰る。
慶次はまだ帰っていないようで、家の鍵はかかったままだった。
鍵を開けて、ひっそりと静まった家へ、黙って入る。
音を立てるビニール袋を提げながら、冷蔵庫の前まで行って
私は、そこでビニール袋に視線を落とし、時計にそのまま目を滑らす。
「…まぁ、もう作っちゃえばいいか」
チキンライスだけ先に作って、あとはオムレツを作るだけにしよう。
そうきめた私はさっさと室内着に着替えると、その上からエプロンをつけた。
ご飯は炊いて行ってくれているようなので、蓋をあけて少し熱を冷ましておく。
次にまな板を出して、玉ねぎを荒みじんにして。
ついでにあったので人参を切って、鶏肉を切って、さあ炒めようかというところで
がちゃりと玄関が開く音がした。
「ただいまー」
「おかえり」
玄関から聞こえてきた、義弟ののんきな声に返す。
と、足音が近づいて、リビングの戸が音を立てて開いた。
制服姿の慶次を認めて、私が包丁を持ったまま軽く手を振ると
彼はにこっと笑いながらそばに寄ってくる。
「デフォルト姉ちゃん、メール見てくれた?」
「見た」
「今日さ、オムライス?」
隣まで来て、こちらの手元を覗き込んでいるのだから
分かるだろうに、聞く慶次の表情は童子のようだった。
しかし距離が近い。
まるで動物が近づいてくるときのように、自然に距離を詰められてしまった。
「昼休みに幸村たちと、オムライスの卵はうす焼き卵かオムレツかって話してたんだけど
そしたらどうしてもオムライスが食べたくなってさ」
「あぁ、それで」
「そうなんだよ。リクエスト聞いてくれて、ありがとな」
ただ、それを気にすることのない慶次の雰囲気はごく自然で、
だからこちらとしても、あまり気構えず応対する。
慶次は人と距離を詰めるのがうまい。
たった半年で、昔から姉弟だったようにふるまって、違和感を私が覚えないのがその証拠だ。
まぁ、詰め方的には、他人の反応を気にせずに、ずかずか入り込んでくるのと紙一重だけど。
けれども、彼にはそれを許してしまうような、不思議なところがあった。
一人っ子のくせに、妙に懐こい末っ子気質なのよねぇ。
未だ、幸村はうす焼き卵派なんだけど、伊達の旦那はオムレツ派で
譲らなくて大変だったんだと話し続ける義弟を見ながら私は
「慶次って得な性格してるよねぇ」
「デフォルト姉ちゃん、俺の今の話聞いてて、どっからそれが出てきたの」
呆れたような突っ込みが入るのも、まぁもう大体いつものことで。
でかい慶次の図体を見ながら、これが居るのも、なんでもない日常になってしまったなぁと
私はふと感慨深い気持ちを覚えたのだった。
(義)弟となんでもない日々 0