血の匂いがする。

梅雨のじめっとした湿った空気。
その空気に混じって漂う血臭、臓物が放つ匂いには、あぁと小さな声を上げた。
終結しきった戦場に、似合いの匂いだ。
忍びらしく、悲しみを混じらすでも何でもなく、ただ、服が似合うと同じ色でそれを思った彼女は
返り血で固まった髪の毛の間に指をさしこんで、頭をばりばりとかく。
三日にもわたった戦の間、そしてここにたどり着く前の行軍中。
無論、風呂にも入ってないし、髪も洗っていない。
戦による緊張と高揚のせいで、今まで意識などしていなかったそれだが
終結を感じた途端、現金な物でぶわっとあちらこちらがかゆくなってくる。
特に、頭、背中、足裏が酷くかゆかった。
汗がでやすい部位であるから、当然なのだけれども。
「かゆい」
だが、頭では冷静にそう思うものの、感じる不快さがそれで消えるわけではなく。
ばりばりとかきむしりながら、言うの言葉を聞く者はだれも居ない。
の周りには誰ひとり生きている者はいないからだ。
在るのは、赤黒く染まった地面と、それから物言わぬ死体ばかり。
が属する、織田・明智軍が攻めた所は、いつもこうなる。
草の根一つも残さない。
おまけに、織田を除いた明智の軍に限って言えば、敵で生きている者は一人もおらず
味方も運が悪ければ殺されるというのが加わるのだから、もう。
…誰に、殺されるのか?
そんなものは決まっている。
軍の頭に位置する、明智光秀によって、だ。
じゃりっと背後で音がした。
気配で音を立てた主が何者か分かったは、思わず警戒から苦無を握り直したくなる衝動をこらえつつ
後ろを振り向き、口を開く。
「今日は楽しかったのでしょうか、我が主」
背後にいる主、明智光秀に向かって、だ。
噂をしていないのに影が差すとはどういうことだろうか。
出来るだけ顔を合わせたくない(冗談なく生死に関わるという意味で)人は
考えているだけで察知して、自動的にやってくるのだろうか。
それは嫌だな。
他愛もないどうでも良い事を現実逃避に考えつつ、主の方へと向き直った
光秀は、戦場で散々っぱら人を殺したくせに、返り血一つも浴びてない姿で、綺麗ににっこりと笑う。
「えぇ、とても。血に染まった地面、上がる悲鳴。皆皆楽しませていただきましたとも」
「それはよろしゅうございました」
ただ、その口から吐かれた台詞は、まったくもって表情とは合っていないのだけれども
それはいつものことだ。
彼の口から飛び出る言葉が、この類で無いことがない。
こみあげる感情が無いと言えば嘘になるが、この程度で怯んでいては、光秀の下ではやってられないのもまた事実で。
それを重々承知しているからこそ、は眉一つしかめることなく主の言葉に頷きを返した。
そうでなくても、忍びのに主へ疑問を呈す、逆らうという選択は無いのだが。
けれども、呈せない疑問は常々、このような類の事に頷きを返すたびに脳裏をよぎる。

どうしてこの人の性格は、このように破綻してしまったのだろうか。

戦場で人を殺すのが楽しいと彼は言う。
人の悲鳴を聞いて愉悦を感じると彼は言う。
その内容と日ごろの光秀の行動を考えれば、彼は正しく殺人鬼であり
ただ、光秀のそれは生来ものなのか、それとも後天的なものなのか。
生来ならばどうしようもない。
だが、後天的ならどうしてそうなったのかには、少しだけ興味が沸く。
どうなのだろうか。
十中八九、生来の物なのだろうが。

人を殺すのに大義名分が要らぬ男の顔を見て、知る術もないどうでも良い事をどうでも良く考えていると
彼は辺りに視線を走らせた後、おもむろにこちら側へと近寄ってくる。
…こういうとき、我が主は戯れに、こちらを殺そうと斬りかかってらっしゃる場合があるから。
地面を転がる死体を踏みつけ、臓物を潰しながら近づく主に
警戒をしていると、光秀は一歩、から離れた所で歩みを止めて
「生きている者が、誰もいませんねぇ」
「…この辺りからは、味方の皆さまは撤退されてしまいました故」
「それでは貴女はここで何を?」
「打ち漏らしを果たしつくすのも、影の役目かと」
ごみ掃除をしておりました。
忍びらしい回答をしたに、光秀はそうですねぇと一つ頷いた。
油断なく苦無を握り、隙を見せぬ表情でそれを言う女の姿は微笑ましくも何も無いだろうに
光秀は上機嫌そうに喉奥からくっくという笑い声を洩らす。
相も変わらず、何が良くて何が良く無いのかが分からぬ御人だ。
明智光秀に忍びとして仕え始めてもう何年にもなるが、性格は一向に読める気がしなかった。
掴みどころがなさすぎる。
ぬるりとした蛇に似ているというのは、安直すぎるだろうか。
光秀の秀麗な顔を見ながら思うだが、光秀の手がおもむろにこちらへと伸ばされたのにぎくりと体を固くする。
なにをされるのだろうか。
思いこそすれ、忍びであるに、主の手をはねのける権利などあるはずもなく
彼女は青ざめながらも、その手から逃げるでもなくただ硬直する。
それしかに許された行動は無かったからだ。
忍びとして、主には従うものだと、徹底的に教育を受けているには
主がそれを望むのならば、逃れようという意思をみせることは、出来ない。
諦念と洗脳からくる従順さで、光秀の行動を受け入れるに、彼女の主はくっと口の端を上げて
の顎を持ち上げる。

そうして、その一瞬後にはの唇に柔らかな感触が当っていた。

いや、それだけならばいざ知らず生温い体温の舌が唇をなぞり、割って、歯列をなぞる。
おおよそ戦場でするなど考えもつかぬ行為に、が目を白黒させているうちに
光秀はの舌に己の舌を絡めて吸う。
ここで、甘い疼きが背筋を痺れさてくれればまだ良いが、それすらも無かった。
あったのは、ただただ混乱だけ。
なぜこのようなことをするのだろうか。
戯れだろうか。
それとも、戦場を駆けたことで性的興奮を?
それならば、発散の相手に手ごろな忍び、くのいちを使うことも分からなくもないけれども
でも、一度もそのようなことは、無かったのに。
戦場で人を殺すことが快楽である主の突然の行為の理由を、舌を絡める接吻をうけながら
が懸命に考えていると、光秀が唐突に絡めていた舌を抜いて、口づけを止める。
だが、それにほっとする間もなく、今度は指が二本、の口内へと無理やりに突っ込まれた。
「んぅっ?!」
「あぁ、やはり。思った通り、貴女は負傷の時には悲鳴も上げぬくせに
こういう時には良く鳴くようですねぇ」
喉奥を突くように進む指に、えずくのを懸命にこらえる。
が、それを阻むように、喉の奥を指は突き、吐き気と苦しさがこみ上げた。

どうして。
こんなことを。


「かはっ…!んっ」
思うが、指が口内に有る状態では喋れもしない。
「逃れても良いのですが。貴女がそれをするはずもありませんねぇ。
あぁ、可哀そうに。くっく」
おまけに、ちぃともそのようなことを思っていない声が上から降ってきて
は涙をいっぱいに溜めた目で、自らの主を見上げた。
どうして?
先ほどと同じ疑問で頭をいっぱいにしながら光秀を見ただが
見上げた光秀の顔は至極機嫌良さげで、彼は楽しそうに、今度は口に突っ込んだのとは別の手を
の方へとまた伸ばす。
それに、はぎくりと再び身を固くしたが、やはり、逃れるという発想は無く。
「それでも抵抗しませんか。さすがさすが。忍びの中でも一番愚直なと評されるだけのことはあります。
ふっふふふ。どうしてという顔をあからさまにしていますが、敵意のある人間の悲鳴を聞き飽きた時には
犬の、嫌がる悲鳴もたまには聞きたくなるものですよ」
大人しく身を固くするだけのの下腹部が、伸ばされた手によって、つぅっとなぞられる。
それに、びくんとの体が一度跳ねると、光秀の低い小さな笑い声が上がった。
だが、それで指が止まることは無い。
ゆっくりと、なめくじが這うように指先は進む。
下腹部から一旦太ももに落ち、そこからまた這い上がって、着物を巻き込みながら、奥へと。
「ふっんぅ?!」
口の中に指を突っ込まれた状態で、くぐもった悲鳴を上げるものの、指が止まる気配は無い。
おまけに忍びとしての教育の賜物で、この状態でも主を止めるという選択はやはりには無く
ただただ彼女は周りに死体が転がる中、自らの女が辱められる瞬間を待つだけだ。
そののあまりにも愚かしい従順に、光秀はいつもの蛇に似た笑いを浮かべ
舌舐めずりの代わりに、彼女の耳を舐め上げる。
じっとりとした湿り気の在る生々しいものが立てる水音に
羞恥で身を赤くするだが、更に彼女を辱めるかの如く
なめくじのように這いずっていた光秀の指先が、内腿をはいずるのをやめて、土手へと到達した。
「あ、る、じ様」
「そこでようやくとは、貴女は本当に愚かしい」
秘裂へとてようやっと抗議らしい声を上げたに、光秀は嘲笑とも微笑ともつかないような笑みを浮かべたが
「っぁ!?」
の抗議の声など無かったかのように、ごく当たり前に、巻き込んだ着物ごと指が中に入った。
ざらついた着物の布の感触、ごつごつとした男の指。
中でそれらの違いを感じ取りながら、唇を震わせたは、じわりと己の視界が滲んでいることに気がついた。
あぁ、涙が。
生理的な物だろう、いつの間にか涙が滲んで視界を潤ませていたようだ。
とっさに拭おうと目に手をやりかけただが、その前に濡れた感触が目じりを這う。
「あぁ、良いですよ。
泣くほど嫌だというのに抗議もせずされるがままの、愚かしい貴女に
抗議の声と悲鳴を上げさせるのは、とてもとても面白いでしょう」
だから、痛くして差し上げましょうね。と主の声がするのと、先ほど目じりを貼ったのが舌だとが気づくのと
それから中に入った着物が擦るように壁に押し付けられたのはほぼ同時のことで。
その一瞬後に、が悲痛な悲鳴を上げたのと、光秀が法悦の表情を浮かべたのもまた、同時の事であった。