小太郎が頭なのはこの話の都合上です。





「小太郎様は、怖いと思うことはありませんか?」
にこりと笑って私が問いかけると、北条の忍びを束ねる頭である風魔小太郎様は
ことりと首を傾げ、それからふるふると首を振った。
そうか、ないのか。
薄々そうじゃないかと思っていたがやっぱりな。
動作だけで言葉は無いが、彼が喋らないのはいつものことなので、私はそうですかと
ごく普通に返す。
傭兵の忍びに、頭を任せるのはどうなのと、最初に思ったし
今でも思っているけれども、北条の主の方針だから
ただの草が口を挟めることでもない。
故に私はそれを事実としてありのままに受け止め、彼を頭として扱う。
そして、それを理由として彼が喋らず、大した反応をこちらに返さなくても怒りはしない。
そう。怒りは。
ただ、頭としての役を受けたのならば、『やってもらわなくてはならないこと』があって
それは、果たして欲しいと思うだけ。
私はその『やってもらわなくてはならないこと』のために
胸元からくないを取り出すと、ぶりをつけて思い切り投げる。
すると、飛んでいた鳥が真っ二つになり、傍に居た鳥が、ぢゅんっ!!という声を上げて
慌てて飛ぶ高度を上げた。
「あの鳥は、今多分、怖いって思いましたよねぇ。
だから、あんなに高く飛んだんですよ」
小太郎様はまた、こっくりと頷く。
「そうですよねぇ、そうなんです。
ところで聞いてくださいよ。私、この間北条の主様に色で
これこれの男を落としてこいといわれたのですけれども
私、忍びの技を習っているときにですね
師匠に色事の技を習っていないのです。
それが何故かっていうと」
そこで私は一旦言葉を切って、真っ二つになった小鳥を指差す。
「あぁいう風に罪もない小鳥を切って、
師匠!そんなうふんあはん言ってる間に、脅しをかけて恐怖で支配した人間を
好きなように操るのが手っ取り早いと思いますし
色を使うより正確な情報とか、脅してる相手を使っての
かく乱とかを期待できると思います!!って言ったら
お前逆に凄い。ほんと向いてないよって言われて教えてもらえなくなったんですよ。
うん、正直私もそう思うんですけど、そこで今回の任務を考えた場合
非常にまずくないですか、小太郎様!」
…………。
師匠の件からそっぽを向いてどこぞに行こうとしていた小太郎様の忍び服の
裾を掴んで、私は小太郎様に追いすがる。
いかないで小太郎様!
正直どうなのって思ってるけど、今は上司のあなただけが頼みの綱!!
「いかないで下さい小太郎様、もうあなただけが頼りなんです。
もー無理、助けて!別の人にやるようにって主様に言ってください
お願いします、上司でしょ!?」
裾では埒が明かなくなって、ぎゅーっと抱きつきながら言うと
小太郎様は私の腕をぎゅうぎゅうと押して、私から逃れようとする。
しかしながら、私も戦忍。
そう簡単には逃れれると思うなよ!
と思っていると、小太郎様は指をこすり合わせたと思ったら
黄色い粉末をそこから出して、私の目の前に散布する。
「はっはくしゅ!!」
それをかいだ瞬間、鼻がどうにもならないぐらいむずがゆくなって
つい手を離した隙に、小太郎様はひゅうっと木から木に飛び移って
あっという間に見えなくなってしまった。
「………いっちゃった」
それを見送りながら私は、手を離した瞬間の、彼の鎧から覗いた耳が少し赤かったのを
思い出しながら、髪の毛を指で弄る。
……………こういう風にやればいいのかしら、色仕掛けって。
多分違うんだろうなと思いながら、私は諦めて出立すべく
その場を後にした。
とりあえず、今度から彼にお願い事をするときには、
面白いのでこの路線でいってみようと思う。





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「小太郎様小太郎様、たっだいま帰還しました!
あと失敗しましたので、とりあえず脅しておきました。
暴力で一回言葉で一回。あとは帰ったと見せかけて後ろから
いつも見ているって囁いてみました。
したらば、情報をだだ流しにしてくれるらしいですよ。
なんで殺さないで下さい」
失敗の言葉の辺りで手裏剣を構えた上司に、私は掌を突き出して待ったをかける。
有能な命を無駄にする、よくない。
「適材適所って言葉があるじゃないですか。
向いてないって最初から言いましたよ。
才能が無い人間は何をやっても無駄なんです。
そういうことは、きっとある」
上司は、ねぇよと言いたげな顔をしたが、結局黙ったまま私から視線をそらした。
黙ったままというか、彼は元々喋らないのであるが。
ただ、殺されないってことは、色仕掛けは失敗したけれども
脅したことで結果は同じになったので、良しとしてくれたのだろう。
なんて柔軟。
そういうところは好きよ、頭。
思いながらふと、常々思っていた疑問を口にしようと思って
小太郎様の忍び服をぐいぐいと引っ張る。
「すいません小太郎様小太郎様。ちょっとお伺いしたいのですけれども」
なに、という顔をした。
聞いてくれる気ではあるらしい。
案外付き合いの良い上司である彼の裾を引っ張ったまま
私は彼の口元を見る。
「小太郎様は、いつも喋りませんけれども、喋らないんですか、
それとも喋れないんですか?」
喋れないのならば、仕方が無いが。
喋れるのならば喋って欲しい。
北条の主様のごり押しとはいえ、彼は今は北条の忍び頭であるのだから。
即時の仕事に文を使われても困る。
彼はしばらく鎧の下で躊躇った表情を浮かべていたようだったが
やがて私の頬に手を伸ばし
しゃ、べ、れ、な、い。と書いた後ふっと消える。
………またか。この間の会話も彼が逃げることで終わったのを思い出して
私は良くない慣例が成り立ちつつあるなと、嫌な顔をした。
会話するたびににげられたんじゃあ、ちょっと困るんだけど。
いや、今の場合私が悪いのか?
そして何故頬。
疑問に思った私だったが、私の掌は小太郎様の服を掴んでいて
そりゃあ、背中に手を伸ばした瞬間に、私は小太郎様を斬ろうとするだろうし
肩も腕も触るには躊躇われ、残ったところは頬しかなかった。
そういうことだろうけれど。
「頬もちょっと躊躇わんかね」
ごつごつとした硬い感触の指が触った頬を撫でながら、
私はぽつりと呟いた。
いや、別に嫌ってわけでもなかったんだけど、一応ね。
忍びの後に、女の子だもの。