【SIDE 兜甲児】

「貴様、兜甲児!おのれ、まだ生きておったか!」
あしゅら男爵の叫びを耳に入れながら、兜甲児は怒っていた。
己のみを狙わず街の人間を巻き込んだあしゅら男爵に。
そして巻き込んでしまった自分に。
理屈からいえば、甲児はDrヘル率いる地下帝国と戦っているだけであり
攻めてくる彼らが全面的に悪いのだが、彼からしてみれば自分が居たばかりに。と感じられるのである。
自分さえいなければ、この街が攻められることもなかった。
人が逃げ惑うことも、死ぬこともなかっただろう。
だが甲児はそこで自分を鬱々と責めるような男ではない。
ぎりりと眉を吊り上げ、怒りの叫びをグールに居るあしゅら男爵へと叩きつける。
「やい、あしゅら男爵!やり方が卑怯だぞ!!
俺を倒したいなら正々堂々と勝負を挑んで来い!」
「フン、偉そうな口が叩けるのも今日までだ。
この作戦は貴様の弱点をついたものだからな」
「俺の弱点だと?!」
「クックック…そうだ。貴様とマジンガーZの弱点だ」
「…………」
嘲笑うようなあしゅら男爵の様子に、甲児は眉をひそめて彼・彼女の言葉の続きを待つ。
残った機械獣たちも、そのあしゅら男爵の口上を遮らないようにするが如く破壊活動を潜めた。
そして、その様子につられたように、場に先に居て機械獣と戦っていたロボットも動きを止めた。

…なんだ、あのロボット。
どこの所属だ?

見たことのない、濃い深い色の青で塗装されたロボットに
一瞬目を奪われる甲児だが、その間にも続くあしゅら男爵の言葉に
そちらから男爵へと意識を即座に戻す。
「確かにマジンガーZは強い。
だが、その力は貴様がマジンガーに乗るからこそ発揮されている」
「何だ、わかってんじゃねぇか。俺とマジンガーZのコンビは最強だぜ」
「フフフフ…悔しいがそれも認めよう。
だが、マジンガーと貴様を切り離せば…どうかな?」
「……!!」
そのあしゅら男爵の言葉に、甲児はそういうことかと目を見開いた。
今この時に攻めてきた奴らの意図は―!
「…そういえば、こないだも三つ子の戦闘サイボーグを俺の所に
送り込んできやがったな…」
「そうだ。マジンガーZでなく操縦者である貴様の命を狙う。
それも失敗に終わったが。しかしマジンガーの無い今こそ、貴様の最後の時よ」
自分がパイルダーで出撃しなくてはならなくなった理由。
バイクでなくパイルダーで家に帰ったことで好機だと思って襲ってきたのか。
それとも弟のシローが自分のバイクを壊してしまった所から、地下帝国の罠にはまっていたのか。
それは分からない。分からないが。
「マジンガーに乗っておらぬ貴様など怖くはない!
そして貴様なしのマジンガーZもな!」
あしゅら男爵の勝ち誇った声が、どちらにしろパイルダーで出撃している甲児の今の状況は
地下帝国、あしゅら男爵の思惑通りだということを知らしめていた。
そしてそれが甲児には酷く気に入らない。
世界征服などと言う下らない野望のために、人を踏みつけていく奴らの思惑通りになるなど
絶対にごめんだ!
「ちっ!てめえなんざ、パイルダーだけで十分でぇ!」
だから、弱気も見せずに彼は叫ぶのだ。
ふざけるな、勝つという気概を込めて。
その力の籠った甲児の叫びに気圧されたように、グールが揺れる。
だが、それで退くようなあしゅら男爵では無く
「ならば証明してみせるが良い!」
その叫びと共に、戦いの火蓋は再び切って落とされた。
グールからショックビームが、パイルダーに向かって撃たれる。
それを難なく避けながら、ミサイルで反撃すれば
ミサイルはグールの巨体に当りその表面を焼いた。
…だが、それだけだ。
グールはミサイルを全弾命中させたのにもかかわらず、健在。
根本的なダメージは与えられていない。
これが、マジンガーだったなら!
パイルダーの攻撃力の無さを改めて思い知りながら
甲児は自分が今乗っているのが、マジンガーZでなくパイルダーだということに歯噛みする。
パイルダーでは、避けられても、パワーが足りない。
グールを一発で叩き落とすのは不可能だ。
そして、落すことすら難しいかも、しれない。
兜甲児という男は熱血漢ではあるが、愚かではない。
だから、己のおかれた状況を冷静に判断して、即座に行動を起こした。
「…おい!そこのロボット、パイロットは誰だ!?」
行動、即ち、チャンネルをオープンにして、彼は軍のロボットへと呼びかける。
見たことのない機体のそれは、今日学校で帰る前に弓さやかから言われた
DCが開発した新型ロボットだろう。
ならば、乗っているのはDC所属もしくは軍の所属のはず。
それならば軍があとどれぐらいで到着できるのか知っているはずだ。
パイルダーで十分だと啖呵を切ったのは、あしゅら男爵の威勢を削ぐために過ぎない。
本当にパイルダーでグールを撃退することは難しいと、十二分に分かっている。
だから、余りに遅いようならば考えなければならないが、近いならばそこまでの時間を稼ぐだけで。
そう思って通信をした甲児であったが
『え、あ…?』
「…女?」
通信画面にSOUND ONRYが表示され、向こうの機体と通信が繋がった所までは良いもの
あちらさまからは、随分とおろついた女の声が聞こえてきて
てっきり厳めしい男が乗っているのだろうと決めつけていた甲児は肩透かしを食らった気分になった。
…女?
パイルダーに乗り込む前に見えた突進を考えると、随分と勇ましい。
だが、通信から聞こえてきた声は戸惑いが強くて頼りなげで
行動とはちぐはぐに、甲児には感じられた。
だが、そのことを考えている時間は無い。
甲児は余計なことを切り捨て、軍の機体のパイロットへと問いかける。
「聞きたいんだけどよ、連邦軍はいつぐらいに来るんだ?
俺が来る前から戦ってたんだ、もう通信ぐらいは済ませてるんだろ」
『え、軍…?』
「…いや、え、じゃなくて。まさか通信してないなんてことはないよな」
………一秒、二秒、三秒。
返答を待ったが、一向に応えが返ってこない。
そのことにパイルダーの中で、さぁっと甲児は青ざめる。
おいおいおいおい。まさかなのか?!
彼は、知らない。誰があの機体の中に乗っているのか。
どういう状況で乗ったのか、知らない。
だから、パイロットが軍の関係者だと信じて疑ない彼が
声を思わず荒げかけたとき、返答が、返る。
『わ、わかんないで、す』
彼にとって最悪の返答が。
その正直すぎる返答に、一瞬甲児の頭が真っ白になる。
その隙をついてか、グールが再度ショックビームを撃ってきたのを避けながら
甲児は怒り混じりの動揺の声を上げた。
「は?わ、わかんない?!」
『ごめんなさい…でも、あの、わからない、です』
「でもだって、その機体は軍の…」
だけれど、返ってくる声は余りにも戸惑っていて、甲児の噴火しかけた感情は
見る間に収まってゆく。
わからないと向こう側のパイロットが言っているのは
真実だということが、何故か信じられた。
声から感じられる戸惑いが、余りに強いせいだろう。
この戸惑い方からすると、多分、嘘を言われているわけじゃない。
だとしたら、何故、通信もしていない。通信も入っていない。
乗っている機体は、恐らく軍の機体で間違いないだろう。
ならば、DCのテスト機体に違いない。
そしてテスト機体で戦闘を開始した以上は、必ず軍に連絡を入れる、そう甲児は思うのだが。
「なんで、わかんないんだ。あんた軍の人間なら、普通連絡ぐらいいれるだろ」
パイルダーミサイルを発射しながら、甲児が素直に浮かんだ疑問を発すると
通信機の向こうで、向こうのパイロットが言葉を詰まらせたのが分かった。
その様子に、甲児は眉をひそめる。
先ほどから理解し難い反応ばかり見せているが、まさか。まさか。
浮かび上がる考えに、甲児の背中を汗がつぅっと伝った。
思えば通信機の向こうから聞こえる声は、女であることに加えて随分と頼りなげで弱弱しく
おまけに状況把握さえきちんと出来てないような感さえ見受けられる。
まさかまさかまさか。
思いながら向こうの女、いや、おそらく少女の返答を待つ甲児の耳を次に震わせた言葉は。
『落ちてきたのに乗った、から』
…甲児の考えを肯定するものであった。
「…!やっぱり一般人かよ!」
『………はい』
それに甲児は嘘だろと、どこまでも状況に優しくない展開に操縦桿を握る手の力を強める。
…向こうの機体の操縦者は、一般人どころか、小学生であるのだけれども
SOUND ONRYと表示された通信画面から、甲児がそれを知ることはできない。
代わりに一般人だと改めて知った彼が、先入観を捨てて声を聞いて分かったのは。
(乗ってる奴、声が震えてやがる!!)
通信障害が発生しているのだろう。
ノイズの混じる通信の中、それでも向こう側のパイロットの声が震えているのは、聞き取れた。
最初は軍の人間だと思っていたから、機械獣と戦うのが初めてなのか?ぐらいにしか捉えていなかったが
一般人なら話は別だ。
声の震えは、怯えと恐怖と、それから多分泣きそうなのかもしれない。
向こうの声の調子が若々しいのに、歯噛みしたい気分になりながら甲児は
あちら側に向かって呼びかける。
「…聞こえるか、そっちの…えっと、パイロットじゃないよな。
ともかく、聞こえてるよな」
『え、あ、はい』
軍の機体に乗っている人間が、軍の人間でない、ただの一般人だと分かった甲児は
まず声の調子を改めた。
一般人なら、つんけんした調子で当たり散らすのは良くない。
彼女はただ巻き込まれただけだ。
ならば、やることは一つに決まっている。
先ほどまでとは全く違う甲児の声の調子に、向こう側の少女が戸惑った声を上げた。
それに、軍の人間だと思っていたからと言ってキツイ調子で声を出していたことを悔やみながら
甲児は目の前のグールと、残った機械獣を見ながら、きっぱりとした調子で、言いきる。
「あんた、その機体から降りてシェルターに避難するんだ」
『え?シェル、ター?』
「場所は分かるよな。機体で乗り付けて中に入ればいい。
軍のロボットに長くのってりゃそんだけ軍から睨まれる。
後は俺が何とかするから、そっから早く降りろよ」
なんとかなんて、何て曖昧だろう。
だが、こうなった以上はやり切る。やって見せる。
いつだってそうしてきた。
だから、甲児は少女を巻き込むわけにはいかないと、そういう気持ちを固めながら
不利を悟りながらも言うのだ。
「大丈夫だ、俺が、助ける」
きっぱりと、出来るだけきっぱりと甲児は言いきった。
マジンガーZのない自分で、何処までやれるかは分からない。
だが、一般人の怯える少女を戦わせて、もしかしたら死なせて
それで良いはずが無い。
自分は良い。
覚悟はとうに決めている。
祖父の遺産を受け継ぎ、機械獣と戦う覚悟がある。
だが、彼女はどうだ。
覚悟を決めているか?
いや、決めさせて良いのか?
己がいるというのに、覚悟を決めさせて横で戦わせて
…軍のロボットということは、乗って戦ったら戦った分だけ
乗った人間に何かしらの咎めがあることを分かっていながら
パイルダーだから仕方ないと、そう割り切ってしまうのか?
…それは否。断じて否。
兜甲児には、そう言うことが許せない。
だから、マジンガーZに乗っていると言っても過言でないのに
だのにその許せない行為を自分が行うなど、絶対に、無い!
故に、兜甲児は繰り返し言うのだ。
自分が不利であると悟りながら。
このまま手伝ってもらった方が良いと知りながら。
手伝ってもらわなければ、高い確率でグールと相打たなければならないと理解しながらも。
「俺が、助ける。だから今すぐそれから降りて、避難するんだ」
きっぱりと言われた声。
その声にこめられている真摯な思いを感じ取ったのか、少女が驚いた気配が
通信機の向こうからも感じられる。
それに、頼むから言うことを聞いてくれと願っていた甲児が
ほっと胸をなでおろす前に
『…え、なんで?』
甲児には、理解できない返答が通信機の向こうから飛び込んできた。
…なんでって、なんでだ?