「ロボット…?」
意味が分からないという調子で静子が呟いたのは、仕方のないことだろう。
現代において、ロボットっというのは空想上の産物で
漫画・アニメ・小説など、仮想の中にしか存在しない。
二本足で歩いて攻撃が出来そうな、ヒーロー番組に登場するようなロボットは
現実には存在しないのだ。
そのはずなのに。
静子の目の前、墜落した飛行機の中にあったのは、青色のロボットだった。
派手に墜落したというに、爆発もせずに静かにその機体を地面に横たえた飛行機の中に入った静子
それを見て、ここまで現実離れしていると、いっそ笑えるという感想を抱いたものだ。
あぁ、馬鹿馬鹿しい。
こういう流れならば、アニメならば、多分主人公的な役割として
このロボットに乗るのだろうけど。
おあつらえ向きに、青で塗装された巨大なロボットの胸のあたり。
輸送するのに最適な格好なのか、しゃがみこむ様な姿勢をとっているその巨大な機械の胸には
ぽっかりと口を開いたコクピットが見える。
乗れと言わんばかりの展開だ。こういうシチュエーションなら、乗るのだろうよ。アニメなら。
けれどもこれは現実で、そんなアニメみたいに乗った所でジ・エンド。
死んでしまうと年若い静子でも分かる。
訓練してない人間が車に乗っても大事故を起こすだけでしょう?
ロボットだって、そうだ。
静子は思う、心底そう思う。

―なのに。

何故かコクピットに目が吸い寄せられて、どうしてだろうと、静子は思う。
自分にヒーロー願望はない。
だから、こんな訳の分からない状況において、ロボットに乗って戦うなんて選択肢は
静子の中には無いのに。
上手く動かせるなんて、思わないのに。
それなのに、そのはずなのに静子は青のロボットのコクピットから目が離せなくて
しかも、乗りたいと体が気持ちが伝えてくる。
頭では、乗るなんて馬鹿馬鹿しいと思っているのに。
どうして。
分からない。
分からない。
分からない!!
混乱と恐怖が静子を襲った
自分の気持ちと思考が乖離したような状況に、自分すらも信じられないのかと
絶望を抱いてしまいたくなる。



だが、悠長に悩んでいられたのもそこまでだった。
どぉんと、激しい衝撃が飛行機を襲う。
その衝撃にとても立っていられず、静子はたまらず床に膝をついて衝撃をやり過ごした。
激しく揺れる飛行機の揺れに引っ張られ、体が吹き飛びそうになったが、なんとか堪える。
けれども。
静子は顔を上げて、表情を険しくさせた。
幸運にも衝撃は一瞬で、けれど、衝撃があったということは未だこのあたりは先ほど見た
巨大なロボットに攻撃を受けているということだ。
外に出るか、どうするか。
一瞬の判断が静子に迫られる。
その一瞬に、どうしようもないものが働いて、静子は自らも知らぬうちに
ぽかりと口を開けたコクピットへと全力で走りだしていた。
それに彼女が気がついたのは、コクピットに乗り込んでしまってからで
はっとした静子がコクピットの座席から今度は反対に出ようと腰を浮かす前に

―コクピットのハッチが自動的に一瞬で閉まった。

まるで逃さないというような展開に目を白黒とさせる静子だが
そんな彼女に構うことなく、コクピットがぱっと灯りを点し始める。
「あ」
計器が白く光り出して、ロボットが起動し始めたことを知らせた。
それに彼女が短く、小さく声を上げたその刹那。
再度の頭痛が静子を襲った。
頭の中をぎゅっと圧縮されるような痛み、それに声も上げられずにしゃがみこむ。
その先にあるのは、コクピットの座席だ。
パイロットが乗るパイロットシートへと、静子はまるで狙ったが如く座らされた。
それを待っていたかのように、ロボットのエンジンに火が入って。

「ヒュッケバイン、Mk-II…」

呆然と静子は呟いた。
勝手に漏れ出た声が紡いだ今のは、このロボットの名前だ。
分かる。
どうしてだか分からないのに、分かる。
それに恐怖を感じる暇は無い。
一度ロボットの名を呟けば、それを皮切りに
次々に頭の中に情報が流れ込んできて、静子に一つ一つ、ロボットの操作法を教えて行くからだ。
思考の隙間がないほどに、何かも分からない誰かに押し付けられる操作法。
いっぺんにそれだけ大量の知識を押し込まれれば、流れてきた端から忘れてしまいそうなものだが
焼きごてで焼印をつけるように、その情報は静子の頭に刻まれて
頭痛が治まる頃には、すっかりと彼女は自らが乗り込んだロボットの操縦法を覚えきっていた。
………意味が、分からない。
どうして、そのようなことが自らの身に起こったのか。
「あ、は、は……は」
何もしていないというのに、ロボットの操縦法を覚え込まされて
恐らくは、このヒュッケバインを動かそうと思えば動かせるだけの状態に
押し込まれてしまった静子
もう訳が分からなくて、どうしようもなく笑った。
笑うしかもはや彼女に許されることはなかったからだ。
嘆きの声は意味が無いことが分かる。
誰に嘆いてこの身の不運を訴えればよいというのか。
ならば、笑うしかないではないか。
あぁ、意味が分からない。
戸惑いもなにもかも置いてけぼりにされて、いっそ悪い夢を見ているようだ。
だが静子が座るコクピット中央に配置されたパイロットシートの硬い感触が
これが現実なのだと彼女に教える。
夢のようだと現実逃避することすらも、許されない。

再度、飛行機の機体が揺れた。
一緒にヒュッケバインも揺れる。

おそらくは、外にいたロボットの攻撃を受けているのだ。
「……………」
無言で、静子はハッチの開閉ボタンを押してみる。
開かない。
壊れているのか、それとも外に出す気が無いのかは分からないが、ともかくとして開かない。
「……………」
無言で、今度はヒュッケバインMk-IIの計器を撫でて
ため息を、一つ。
何が求められているのかは、ここまでくれば分かる。
それをしなければ、自分が死ぬこともなぜか。
…本当に意味が分からない。
どうしてこうなって、どうなろうとしているのか。
濃い霧の中を手探りで進んでいでいるようだとも思うが、仕方がない。
静子の現実はここだ。
「………分かった。やる。やればいいんでしょ。良い。
ロボットもののヒーローみたいに、頑張れって言うんだ。
………平成に、ロボットも、怪獣も、ないはずなのに」
文句を零して、静子はぎゅっと唇をかみしめる。
死にたいわけじゃあない。
だから、頭の中に刻み込まれた情報通りに操縦桿を握って
静子はヒュッケバインMk-IIを立ち上がらせた。
「…いいよ、やってやる」
呟いた言葉は虚勢でしかないが、静子が動かせばその通りにヒュッケバインMk-IIは動いた。
立ち上がったヒュッケバインMk-IIは飛行機の屋根を突き破り、鬱陶しげに屋根を引き裂いて外へと出る。
それに注目したのは、外にいて、街に向かい破壊の限りを尽くしていたロボット軍団であった。
彼らはいきなりに登場してきたヒュッケバインに警戒心もあらわに、こちらへと向かってくる。
それをモニターで確認した静子は、震える手を隠すように操縦桿を握りしめて
…思い切り良く、ロボットたちへと駆けだした。
「初めてなんだから、防ぐのも避けるのも無理、それなら!」
器用に避けるのも、防ぐのも、初めて乗った静子には恐らくとして無理だ。
だから、攻撃をして先に沈める!
思い切りがよすぎる戦法だが、今回に限っては功を奏したようで
ロボット軍団は向かってくるヒュッケバインMk-IIに反応しきれずたたらを踏んだ。
それを好機に静子
「行け、チャクラムシューター!」
操縦桿を動かして、パネルの操作を行い、ロボットの武器を敵に向かって射出する。
ヒュッケバインの左腕に装備された有線式のチャクラムが飛び出し
ロボット軍団のうちの一機、二首のロボットを滅茶苦茶に切り刻んだ。
それにやった、と声を上げかけた静子だが、二首のロボットは切り刻まれながらもミサイルを
ヒュッケバインに向かって撃つ。
それにひゅっと息をのんで、静子は操縦桿をぐっと横に引いた。
とっさの判断だ。
だが、全くそれは正しく、ヒュッケバインは僅かに横にずれ
傍目には余裕気に相手の攻撃をかわしたかのように見えた。
あくまでも、傍目には。
内部にいる静子は目を見開いて、はーはーと荒い息を吐いているような状況なのであるけれども。
「っ………ふ……」
怖い。
だが、殺さなければ殺される。
あの二首のロボットの中に、誰か人が乗っていたらどうしようと瞬間的に
そのような考えが静子の頭をよぎったが、そのような瑣末に囚われている暇は無い。
「死にたく、ない…」
その声を落としながら、静子はぐっと操縦桿を握りしめ続ける。
死にたくない死にたくない死にたくない。
こんなわけのわからない状況で死ぬのは嫌だ。
死にたくない、家に帰りたい!
遠い日常を思いながら口の中の肉を噛んで震えに耐えて、静子は二首のロボットに向い
ライフルを構えて撃つ。
フォトン・ライフルと名がついた非実体弾ライフルは、二首のロボットを正確に撃ち貫いて
爆破せしめた。
それにホッとする間もなく、円盤型のロボットが攻撃を仕掛けてきて
先ほどと同様に紙一重の所で避けた所で
「何とか間に合ったか!?」
切羽詰まった青年の声が、静子のコクピット内に、いや、壊れ切った街全体に響き渡ったのだった。