「んー」
普段、皆が雑魚寝する和室にて、一人唸りを上げるのは、家の自由気ままな次女・である。
そして彼女の前に有るのは一組のトランプ。
それを半分に分け、隣り合わせに並べて。
はそのトランプをやや硬い顔つきでそれぞれ左右の手に取り
パララララっと軽快な音を立て、シャッフルし始める。
リフルシャッフルと呼ばれる、ディーラーやマジシャンが良くやるシャッフルを
真剣な面持ちでやっていただが、トランプは彼女の真剣さを嘲笑うように
三分の一を残した所で、がっとトランプ同士噛み合って、山を作って混ざり合いを止めた。
「あ」
それに思わずが声を上げる。
その合間を縫って、今までじっと後ろで眺めていた小十郎は
(好き好んでやっていたのではない。が丁度入り口に座り込んでいたので致し方なく、だ)
「おい」
と、後ろからようやく声を掛けた。
「あ、小十郎さん。ごめんごめん」
「後ろぐらい気にしろ。あと一人になってんじゃねぇ」
「いや、誰か来るかと思ったら、案外来なかったの」
避けながら軽く謝る女に対し、苦情を申し立てた小十郎だが
ときたら、へらっという調子で答えるのだから堪らない。
奥州で、小十郎が注意すれば聞かない者は居なかった。
だからこそ、この反応は少しばかり対処に困る。
ヤンチャをしがちな主でさえ、忠言すれば耳を貸すというに。
無視してぶっちぎって突っ走る事例を脇にどけて、の反応に嘆息しかけた小十郎だが
気を取り直して彼女の前に置かれた、どうやら失敗らしい札の山へと目を移す。
「なにしてやがったんだ、これは」
「んー?今日、テレビでマジシャンの人がマジックしてたでしょ?
で、トランプをシャッフルしてたの格好良いから、マスターしたかったんだけど、駄目だった」
不毛な考えよりも雑談を選んだ小十郎に答えつつ、が気にいらなさそうな顔をして
トランプへと手を伸ばし、もう一度揃え直して、再度挑戦するが
今度は半分ぐらいのところで、山が出来て終了と相成った。
それに更に気にいらなさそうな顔をするは、完全にへそを曲げかけた子供そのものの顔をしている。
「………」
「なに、小十郎さん。なんか言いたいことあるんだったら言った方が良いと思うよ」
そのの表情に思わず笑いを堪えて、口の端をぴくぴくと動かした小十郎に
半眼でが言う。
完全にへそを曲げかけてやがるな。
案外、これでという女は要領が良い。
だからこそ、出来ないこと、というのは少なく、それが余計癇に障るのだろう。
だが、それを分かっているからこそ、目の前でむすったくられたのではかなわない。
小十郎は貸してみろ、との手からトランプを奪い、彼女と同じように二山に分けた後
カードの端に親指を添え、わずかずつ親指を上に滑らせてゆくと
パラパラパラという、軽快な音が和室に響いた。
綺麗にカードが交互に合わさり、畳の上に札の一山が出来ていく。
がやった時のように、噛みあうようなそぶりも見せず、トランプは下に下にと
交互に重なり落ちてゆき、そして、最後にはぴったりと綺麗に混ざり合った一山が出来たのだった。
「こうやるんだろ。やってみろ」
とんとんっと、混ぜたカードの山を揃えて小十郎はに返す。
それに対して『小十郎』が考えた、の反応予想は、素直に、「分かった、やってみる!」だったのだが。
彼女はそれとは真逆に唇を尖らせて、小十郎の手の甲をぺちこんっと叩いた。
「練習してたのに」
「…あぁ、すまん」
横取りしないでと、むすったくれた様子で文句をたれるの様は
まさに、一生懸命やっていた作業を大人にとられた幼児その物である。
そういえば、政宗様も小さな頃は、小十郎めが手本をと、見本を見せた時こういう反応をしていたものだ。
主の小さな頃の、微笑ましい思い出が脳裏をよぎって、小十郎はつい、その時のように
の頭に掌をのせて、ぐりぐりと頭を撫でまわす。
やった後で、更に怒るかとも思ったが相手はだ。
彼女はほんの僅か、目を見開いた後。
何も言うことなく黙ってどことなく嬉しそうに目を細める。
その様子に、昔の、色々と餓えていた主の姿がやはり重なったが
こいつがガキみてぇだからだと、小十郎は今度の一致は勘違いだと、片づけた。