「いっ」
車の洗車でもしようかと、外に出たの耳に、幸村の声が届いた。
僅かな痛みをこらえる声に、何があったのかとそちらを覗くと
彼は涙目で長い自分の髪の毛を持っていた。
そうして躊躇いつつも、自分の髪に右手を添えて
ぶちぶちぶちっと
「何してるんですか、真田さん!なんで自分の髪をちぎってるんです!」
「殿」
髪の毛を引きちぎる動作をした幸村に、は悲鳴交じりの声を上げて走り寄った。
何をしているのだろうか、この人は。
真田幸村という人間の思考回路は、時折読めない。
彼が自分よりも幾らも年下だからか、男女という性別の差なのか。
詮無い事を頭の片隅で考えつつ、幸村の間近くへ寄ると
彼はきょとんとした顔をしながら、引きちぎった髪の毛を無造作にの方に差し出す。
「何故ちぎっていたと申されても、これが髪についたからでござるとしか」
「…真田さん、ひっつき虫がついたからって、髪の毛を引きちぎるのはやめてください」
幸村が差しだした髪の毛を見ると、オナモミが複数個くっついていた。
何故。髪に。犬の毛ですか、あなたの髪は。
服・動物の毛ならともかくとして、人間の髪の毛にオナモミがくっつくという事態に
今まで巡り合ったことがないは、そう突っ込みを入れたい気持ちでいっぱいだったが
なんとかそれを飲み込んだ。
ついでに、どうしてオナモミがくっつくような場所に…という突っ込みも入れたかったが
野山を鍛錬と称してかけずり回っている彼にそれを言っても仕方あるまい。
どうして、この人はこうであるのか。
十七歳当時、自分はもう少し落ち着いていたような気がすると
は遠い自分の学生時代を思い返しかけたが、それよりも、目の前の青年である。
いまだきょんっとした顔の悪気ない人は、放っておいたら恐らくオナモミが取れきるまで
先ほどの行動を繰り返すのだろう。
それを知っていながら通り過ぎるのは、大変精神的によろしく無い。
だって、考えてもみろ。
見た所、彼の髪の毛についているオナモミは、あと四つ五つある。
しかもどうやったものか、くるんくるんに髪の毛に絡まって、ぶきっちょさんだろう幸村には
取れない感じで絡まっているのだから、もう。
このまま放っておけば確定的に残された未来は
それが取れきるまで、ぶちぶちぶちぃ。
ぶちぶちぶちぃ。
と、髪の毛ごとオナモミを引きちぎる幸村。
…しかあり得ない。
そんなもの、考えただけで、痛い。
痛すぎる。
自分がやるわけでもないのに、頭に痛みを感じるような気さえには感じられた。
多分、今佐助さんは席を外しているのでしょうけど。
苦労性の部下は、出てこない所を見ると見周りに行くかどうかして不在のようだ。
居たら、今の主の行動は必死で止めているだろう、きっと。
だからこそ、こういう時に居て欲しいのだけれども。
居ないのだから、仕方ない。
放っておいたら確実に髪の毛を減少させるであろう彼に、は少しため息をついて。
「真田さん、私、車をこれから洗おうと思ってたんですけど、人手が欲しいので
それ、お手伝いしてくれるなら、ひっつき虫、痛くないようにとって差し上げます」
「誠でござるか!?某、喜んでお手伝いさせていただくでござる!」
の申し出に、幸村はぱぁっと顔を明るくして喜ぶ。
その様は明らかに犬以外の何物でもなく、どうしてこの人はこうなのだろうなぁと
十七という彼の年齢と、彼の部下の忍びの苦労を思い、はひっそりとつきかけたため息を噛み殺した。
そりゃあまぁ、そういう所が可愛いと、思わなくはないのだけれども。
でも、髪の毛引きちぎるのが痛いと思ってたなら、そういう風に行動してくれないだろうかと
遠い目をして思うの思考は、なんとなく小学生男子を育てている母親の心に良く似ていた。