世界を跨り、多重同時存在するもの。
それが化け物であった。
混沌色をした穴に住まい、時折いずれかの世界に顔を出しては
戯れにそこの生き物を弄ぶ。
それが化け物の在りようだった。
多少、世界によっては出られなくさせられることもあるものの
基本的には化け物の邪魔を出来るものなどありはしない。
その、はずだった。
だったのに。
化け物は、怒りに打ち震えながら、穴の外の景色を見る。
そこには三つの光景があり、それぞれに二人ずつ、六人の人影が映っていた。
許さない。
己を王の様に絶対だと信じ込んでいた化け物は、
自分に手傷を負わせた人間たちを、必ず絶望の淵に追い込むと決める。
許さない、許さない。
恐怖を自分に味あわせたこの羽虫どもを許さない。


化け物は王のはずだった。
絶対者のはずだった。
外にある生き物は、全て化け物の遊び道具で
逆らうことなど許されない。

だから、殺す。
遊び道具のくせに、自分に傷をつけたあいつらは
唯殺すだけでなくて、殺して欲しいと願うぐらいに傷つけて、殺す。

そうするにはどうすればよいのか。
化け物は良く知っていた。

小さくて弱い、弱みが彼らにはある。

それを目の前で無残に傷つけ悲鳴を上げさせ
見るも哀れな姿にしてから、虫の息の所を切り刻み
その肉塊を上からかけてやろう。

そうすれば、傷つくはずだ。
悲痛な声を上げるはずだ。
その上で、もっともっと、近くにある弱くて大事なものを殺して
殺しつくして、それから奴らを一人ずつ殺してやればいい。

けれど、それをすぐにやるのは駄目だと化け物は考える。
未だ警戒する気持ちのある今よりも、もう少し後
警戒心が緩んだ所でやってやるのが一番良い。

だから化け物は、小さく弱い生き物二つが
自分を警戒しながら寝床を転々とするのをにやつきながら眺め
暇をつぶし、そうして、気に食わない祠が完成する間近で
弱いものを引きずりこんだ。

事を起こすのは、思い出が風化する前
そして警戒心が緩まった今こそがふさわしい。

にたにたと、厭らしい笑みを浮かべながら化け物は
絶対者たるものが、卑しい奴隷に死を宣告するような気持で
弱いもの二つをそれぞれの場所へと送って。


そうして、その喜びに震える弱いものと、自分を傷つけた忌々しいものが
抱き合うのを待ち―


「邪悪なものは、わたしがバーンっと退治しちゃいますよ☆」


けれども、化け物がその企みを実行する前に
清らかな声が空間を割いた。
馬鹿な。
化け物は思う。
穴は開いてはいない。
だから、余人に自分が見えるはずはないのだ。
けれども声を出した清らかなるものは、自分が見えているように
弓を構えて目を眇め
「悪いものは消し去ります!」
きりりと弓の弦が音を立て軋み、限界まで絞られた所で矢が放たれた。
それは真っ直ぐに化け物の脳天を貫いて―そうして、惨劇は幸福な再会へと変わったのである。
けれども、これは六人のいずれも知らなくて良い話だ。
化け物はすでに無く、舞台裏など、知らないでも生きて行ける。
だから、鶴姫と呼ばれる少女のおかげで、幸せな時間を歩めるようになったことも
化け物の企みも知らず、彼らはそのまま時を過ごすのである。