「良いのか」
「何が?」
「お前なら、ついてくりゃ伊達の分家に捻じ込んで身分を作って、小十郎の正室にしてやる」
「…それは、すごいえこ贔屓?」
「そりゃあまぁそうだが、俺は、俺も。
お前を気に入ってんだ、YOU,SEE?」
「……そりゃあ、ありがたいけど。
でもさ、小十郎さんの一番が政宗みたいに。
あたしの一番は、まだお姉ちゃんだから」
「……Ah−…。小十郎のあれを、許してくれる女なんざ、これを逃したらいつ現れんのか」
「あぁ、そういう」
「さっき言ったのも、本当だけどな」
「いいよ、うん。まぁ、普通は嫌だろうね。でも、あたしなんとなく分かるから」
「ん、まぁ、お前はそうだろうな。だから、小十郎が無理やり奪わねぇかと
俺が、思うんだ」
「……怒るよ、それしたら」
「そりゃあ、そうだ。辺りならどうかわからんが、お前は怒ると長引きそうだ」
―小十郎の与り知らぬ、ある日の会話。
あの日。
政宗についてこないかと言われた日。
断り続けたに、最後には肩をすくめて政宗は笑った。
その動作に、獲物を逃がしてやった肉食獣を感じたのは、の気のせいではないだろう。
逃がして貰えた。
だが、逃げないわけにはいかなかった。
はついていけない。姉のために、姉だけのために。
あの人は、それだけのものをにくれているから。
姉も向こうに行くならともかくとして、だけで行って、逃げるわけにはいかない。
思って、寄り添い握った小十郎の手を握ると、どうした、と声がかけられる。
「ううん、なんでもない」
「そうか」
短く言う小十郎の声が、好きだ。
は思う。
二人の間に別れは横たわったままで、どうせ離別するのに変わりは無いのだけど
少しでも長く覚えていられるように、口づけをする。
すると、軽いキスで済ませるつもりだったのに、唇を舌がなぞった。
驚きに少し開いた口に、遠慮なく小十郎の舌が入り込んできて
口内を舐めまわす。
「ん…ふぅ…」
至近距離にある、目を閉じた小十郎の顔を見ながら肩を掴むと
そのまま床に優しく引き倒された。
ぬるりと、上顎を舐め、歯列を舐め、の口の中の性感帯を
まんべんなく舐めまわした後、ようやく小十郎の唇がから離れる。
はぁっと、濡れた吐息を吐いて、は小十郎を睨みつけた。
「ここまで、していいなんて言ってない」
「先にしてきたのはそっちだろうが」
俺は煽られただけだと、言う小十郎の口調は淀みなく
この人は幸村風に言うなら、破廉恥な人なのだとは思った。
男の色気、というのが、こういう時の小十郎にはよく似合う。
そしてその小十郎の姿は、の胸を高鳴らせるのだから、全く始末が悪い。
口の端からこぼれた唾液を拭って、起き上がると
とんっと額を押されてまた床に逆戻りさせられる。
恋人だし、またそういうことをするのかと、は思ったが
小十郎はただ、にいじわるをして遊びたいようだった。
あっさりと倒れ込んだを、面白そうな眼をしてただ見ている。
それに怒ろうかどうしようか、は悩んだが
結局もう一度身を起して、そういやさぁと話しを変えた。
「そういやさ、政宗が心配してたよ」
「政宗さまが?何をだ?」
「小十郎さんが結婚できるのかどうか」
「……………俺がそういうことをするのは、政宗さまがされてからだ」
「小十郎さんのほうが、大分年上なのに?」
「主君を差し置いて、そういうことは、俺はしない」
きっぱりと言った小十郎に、そういうものかなぁと、は思う。
佐助は幸村の母のようだが、小十郎は片腕、右目と言うより、政宗の父のようだ。
多分、そういう心境なんだろうなぁと思いながら
はにじにじと小十郎に近寄って、その膝の上に腰かける。
そうすると、小十郎の体にある傷が、服の隙間から良く見えた。
胸にも、腕にも。
あらゆるところに傷がある。
それは政宗とともに駆けた戦場でのものもあるだろうし
そうでないものもあるだろうけど。
は、ことんっと小十郎の胸に頭を預けて思うのだ。
結婚しないでほしいとは、思わない。
いずれくる別れを思えば、そんなことは望めない。
願うのは、別れの日まで幸せに過ごせますように、と。
それから
「出来るだけ、死にませんように、ぐらい?」
胸に体を預けたまま呟くと、体が近すぎるせいか、小十郎にも聞こえたようだった。
彼はの髪を梳きながら
「出来るだけか」
「死にませんようには、小十郎さんには無理でしょ」
「…違いない」
くっと笑う彼が、戦場でどのような働きをするのか、には知れない。
だけれど、そういう場所に赴く好きな人に願うことなんて
究極的には、一つだけだ。
「小十郎さんが帰ったら、新年の初詣の時にはずっとお願いしてあげるよ」
曇りのない想いで言ったの言葉に、返ってきたのは
そりゃあいいな。という答えで。
はふにゃりと微笑みながら、約束してあげる、と小指を差し出した。