状況説明を終えて、姉の答えを待っていると
彼女はしばらく思い悩んでいるようだった。
姉でも分からないなら、自分でももう一度、考えてみるけれど。
姉の長い長い沈黙に不安を覚えていると、彼女は伏せていた目を
のほうへと向けた。
「…それは、ちゃんの感情が分かりにくいって話だと思う」
「分かりにくい?」
自分では分かりやすいつもりなのに。
「ちゃん、プリン好き?」
が首をかしげていると、姉から何ら関係なさそうな質問が来た。
…え、どういう意味?
え、え、と混乱するだが姉に目で促されて、好きと答える。
「小十郎さんは?」
「好き」
これには迷わず躊躇い無く。
そうすると、が目を細めて優しい顔でを見る。
その顔を見ていると、昨日幸村相手にやきもちを焼いたことが、心苦しくなってしまう。
姉は、こんなに自分に優しくしてくれるのに。
自分は姉が誰かと仲良くするのを、なぜ喜んでやれないのだろう。
現在の悩みとはまた違う鬱々とした悩みをが抱え掛けていると
が、ことんっと首を傾けた。
「ちゃんは、プリンも小十郎さんも好きね?」
「うん」
「でもそれは違う好きよね」
「うん」
それにも肯定をする。
当たり前だ。
異性を好きなようにプリンを好きな女など、どこにいるのか。
けれど姉はよねぇと呟いて、腕を組む。
「でも、ちゃんがプリンが好きって言う好きと
ちゃんが小十郎さんを好きって言う好きが
他の人から見たとき一緒に見えるってことだと思うの。
好きが子供の好きに似ているっていうのは」
「ぜんぜん違うよ」
間髪いれず、はの発言に否定をした。
似ているわけがない。
全然、似ていない。
そのの否定に姉は、同意を示して頷いた。
「うん、ちゃんの中では全然別のものなんだと、話を聞いてたら、私も思う。
思うけど、そう感じてるってことだと思うの。
政宗さんがっていうよりは、小十郎さんがね」
「………なるほど」
アドバイスか、と政宗の言葉の真意に気がついたは、唸るように言って
小十郎の部屋の方角を見た。
彼はそういうつもりで、どういう意味かと言ったのか。
馬鹿だと思う。
あんなに分かりやすく好意を示していいたのに。
それをよりによって、プリンと同じような好きかも知れないと?
むっとする気持ちでもって、これは情熱的に告白してやらねばと
無用な決意をするに、の呟きが届く。
「…でも、そっか。やっぱりちゃんは好きなのか」
その呟いた声に、引っかかりを感じて、は姉のほうを見た。
そして、直感する。
彼女がと小十郎との微妙な関係に気が付いていたことにも
そして、彼女がが小十郎と良い仲になったなら
小十郎の世界について行くと思っていることも。
こういう時、の勘は外れたことがない。
「うん。でもついていかないよ」
そう言ってやると、姉は驚いた顔をしてこちらを見た。
あぁ、やはりそう思っていたのか。
やっぱりという気持ちで姉を見る。
この人は、自分の幸せよりか、の幸せを優先したがる傾向があって。
その傾向から行くと、好いた男とは添い遂げたかろうと思ったのだろうけど。
いや、そういう、願望がないとは言わない。
小十郎と好き同士になれて、ずっと一緒に居られたら
それは幸せだろうなとは思う。
けれど、それはを、危険な状況においてまで行うことではない。
姉は分かっているのだろうか。
化け物を引きずり出して、あの人たちが帰った後。
対抗手段がないとが、こちら側に残されてしまうということを。
そんな状況で付いていけ?
出来るわけがない。
の一番はで、それが覆るには、小十郎と過ごす時間はあまりに短かった。
だから、は残る。
ここに、の傍に。
けれど、それと、小十郎と良い仲にならないというのは、また別の話だとは思うのだ。
普通は、別れ別れになるのだから、この思いは封印しようと思うのかもしれないけれど
そんなのナンセンスだ。
にとっては意味が分からない。
明日後悔しないために。
今を精いっぱいにやる。
明日、小十郎たちが帰って、告白しておけばよかった。
絶対に、想いが通いあっていたはずなのに。と後悔するのはごめんこうむる。
だから、の傍に残るのだと決めても、は小十郎に告白しようと決めていた。
その先にあるのが決定的な別れだったって。
それが、告白しない理由になんて、絶対ならないんだから。
滝行だのなんだの言っていた幸村と佐助に呆れながら
彼らの相手は姉に任せて、は小十郎の部屋の前に立っていた。
ノックを二回して、入っても良いか聞くと、しばらくの沈黙の後是と言われる。
それを聞き届けてから扉をあけると、今も読書中であったようで
小十郎は床に座り込んで本を広げた体制のまま、何か用か?とに問うた。
その問いには、うんまぁと曖昧に濁しつつ、は後ろ手に扉を閉め
小十郎の傍へよる。
初めは本から目を離さなかった小十郎だが、、が本当に目の前に立ったところで
ようやく、を見た。
「………何か、用か」
「うんって、言った」
これからどうしようか。
は思ったが、とりあえず、しゃがみこんで身を寄せて、服の裾を掴んでみる。
それに戸惑ったように小十郎が瞳を揺らしたが、は構わず、小十郎の肩に頭を置いた。
「………」
怒ったような、声がかかる。
「こういう、触りたいと思う好きなら。いいの、忘れなくて」
けれど、それを遮ってが言ってしまうと、
小十郎は動きを止めた。
どういう、意味なのか。
計りかねている様子の小十郎に、更に身を寄せて隙間なくすると
そこでようやく意味を理解したのか、小十郎がの短くなった髪を触る。
「…………手前が、どういうきっかけでそういうことをするのか。俺には読めん」
「あたし、簡単だよ」
言った言葉には、あっさりと首を振られる。
「行動原理が、わからねぇんだ。根本を言やしねぇだろう」
「言われないと分かんないぐらい、分かりにくいの?」
「区別がつきゃしねぇ」
「…そうかなぁ」
は首をかしげてしまう。
分かりやすいといつも、言われるのだけど。
けれど、小十郎が首を傾げたの唇に指で触れたから、その疑問は霧散した。
触れられて、僅かに上気した唇を綻ばせると、小十郎の口の端がくっと上がる。
「こういう、触り方をしても良い好きか」
「うん。触って欲しい好きだよ」
なぞられて、口づけが落とされる前に言っておかなければならないことを
思い出して、小十郎の腕を掴んで、目を閉じて
「あたし、ついていけないけど、それでも良いなら」
「俺だって、そうだろう。俺は、政宗さまを優先する」
その言葉を寂しいとは思わなかった。
片倉小十郎は伊達政宗の部下で、が会う前から、そう決めていた。
だから、はそれを寂しいと思わない。
が好きになった小十郎は、既にそうだったのだから。
それに、優先順位が一番でないのはだって一緒だ。
「うん、あたしも、お姉ちゃんがいるから。守りたいの」
姉のほうが、大事。
それを聞いても小十郎は怒りもせずに、ただ頷く。
がそう思うように、お互い様だと思ったのかもしれない。
優先順位が一番でなくて、別れが横たわっていて。
それでも良いならという前提の恋で。
それを二人ともが了承したから、やがてそっとの唇にぬくもりが落ちたのだった。