あぁ、きまずい。
忘れたくないと言って、どういう意味で言っているのか分からないと言われた翌日。
は機嫌悪く、家の廊下を歩いていた。
近頃インフルエンザが流行っているから、帰ってきたら手洗いうがいを実行。
安易に休めない自身のために決めた期間限定ルールに従い、洗面所に行った帰りだ。
「くそう、何なのよ…」
思い出すのはやはり昨日のことで。
俺がいるって言われて、嬉しく思ったのに、それを忘れろって言われて
忘れたくないって言ったら意味が分からないって言われた。
なんだそれ。
なんだそれ!
近頃良い感じとか思ってたのは、の思い上がりか?
いやそんなはずはない。…と、思う。
彼氏っていって、嫌じゃないって言われた。
けど、なんでそれでどういう好きか分からないっていう風に、なるの。
分からなくて足を止めると、政宗の部屋の扉が目に入った。
「………」
少し、考えてみる。
部下の恋愛沙汰を、上司に相談するのは有りだろうか、無しだろうか。
にとって政宗は年下の兄貴分だけど、小十郎にとっては唯一無二の上司だ。
逡巡していると、タイミング良く扉が開く。
顔をのぞかせた政宗は、どうもの気配が立ち止まっていることに気がついて
扉をあけたようだった。
手招きされて、大人しく部屋に入ると、頭の上に手が置かれる。
「小十郎が困ってたぜ」
「なんで」
「ん?」
「なんで、小十郎さんが困るの。困るのはこっちもだと思う」
第一声にいらついて、政宗のほうをじろっと見ると
機嫌わりぃなと政宗は口の中で呟いた。
それに当たり前だ、とは思うし、政宗に八つ当たりする道理もないと、同時に思う。
深呼吸して、は肺の中の空気を一掃した。
「…………どこまで、聞いてる?あと、あたし政宗に相談しても良いの」
一呼吸置いて冷えた頭でが聞くと、政宗は軽くいいんじゃねぇの、と答えを寄こした。
「…軽い」
「いいだろ、別に。こっちじゃどうか知らないが。
向こうじゃ上司が部下のあれこれに口出しすんのも珍しくねぇ。Get it?」
「そりゃあ、政宗と小十郎さんに文句がないならあたしは、いいけど」
元々二人を気遣ってのことだから、二人が良いなら文句は無い。
が相談することを了承すると、政宗は良い子だとでも言うように
頭の上の手をわしゃわしゃと動かした。
本当に、年下扱いしてくれて。
二つ年上なのに、それを覚えてないように政宗はふるまうが
が許す結果でもあるので、文句は言わずに、で?と再度発する。
「で、政宗どこまで聞いたの」
「おおよそ全部だ。お前らのあれこれから昨日のやり取りまで根掘り葉掘り」
「………うわぁ…」
正直な感想を漏らすと、頭を今度は小突かれる。
けれど、根掘り葉掘り聞かれているとは。
さすがに小十郎に同情するが、政宗には政宗の言い分があるようで
彼は喋りはしなかったものの、気にした様子もなく
茶色い前髪をかきあげる。
「良いだろうが、別に。その情報でお前の相談に乗ってやるっていってるんだぜ、」
「………いやまぁ、そりゃそうなんだけどさぁ。
…で、どう思う、政宗」
「Ah−?なにが、どう、なんだ」
「いやさぁ、恥ずかしながらあたしは、小十郎さんと最近良い雰囲気。
だと思ってたわけなの。でも、昨日のあれで、自信喪失中なの。
なんなの、自分で言っておいて、忘れろって。
しかも忘れたくないって言ったら、どういう意味か分からないって、どうなのそれは。
なに、あたしの思い上がり?それならそうって言ったらいいのに!」
喋っているうちにどんどんと怒りがこみあげてきて、
半ばキレ気味の口調での主張を喋りたくると
政宗はとんとんっと、こめかみを叩いて何事かを考えているようだった。
というか、いまので良かったのだろうか。
向こうさんから状況を聞いているという話だから
の主張を一方的にがなりたてたが、言いたいことは、分かってもらえたのだろうか。
致命的に説明下手な自分を知っているは、不安な気持ちで
その政宗の様子を見守っていたが、彼にとっては十分に足りていたらしい。
政宗は、しばらくそのまま考え込んでいたが、ふと顔を上げて
「」
「はい」
「惚気は余所でやんな」
…………無言で足を踏もうとするが、さすがにするりとかわされた。
それに政宗はJokeだJoke。と笑う。
「…だがな、。俺は、小十郎が言ったこと、分からないわけじゃあ、ねぇぜ」
「え?」
思いもよらない言葉に、が固まるが、それを気にすることなく政宗は続ける。
「お前の気持ちは、小さい子供の好きに似てんだ、。
Babyみたいなんだよ」
とんっと、鎖骨の辺りをつかれる。
どういう意味なのか、目で問うて見るが、政宗はそれ以上を言うつもりは無いようで
ただ口の端を上げるに終わった。
そうして、考えてはみたもののさっぱり分からなくて
煮詰まったがごろんごろんと床を転がり始めた時に
ちょうど、姉が帰ってきたものだから、彼女は哀れ、恋をしたこともないのに
妹の恋相談(超説明下手)を受けることになってしまったのだった。