さて、片倉小十郎という男の時間の過ごし方だが
大抵は、農作業をしているか、本を読んでいるかのどちらかだ。
夜は農作業ができないので、大体、本を自室で読んでいる。
今もまた、姉から借りているハードカバーの本を借りて
小難しい顔で読んでいるけれど。
でも今読んでいるあれは、夏の間の沖縄リゾート地で働く話で
どちらかというと、軽い内容であったはずだが。
「眠たいんじゃなかったのか」
「あぁ、うん」
視線に気がついた小十郎に声を掛けられて、曖昧に返事をする。
確かに、眠いのだけど。
消灯時間にはまだ早いから、だから、
小十郎の部屋に布団まで持ってきて丸まっているのだけど
いざ、小十郎の部屋で寝ようとすると、もったいない気がしてしまったのだ。
傍に居て近いのに、寝るのがもったいない。
恋をすると、思考が乙女チックになるとは思ったけど
真実思ったことであるので、はきゅっと布団を掴んで鼻まで持ち上げる。
それにしても、甘やかされている。
部屋に来て、眠たいの。という布団つきの女をため息一つで迎え入れて
それで床を貸す男は、絶対に女を甘やかしていると思う。
この人、ひょっとして身内にはすごく優しいんじゃないかと
政宗への態度を思い出しながら、ふわふわしていただったが
「は、破廉恥ですぞ、殿ぉおおおおおお!!」
その声が聞こえて、顔を二階に上げる。
「幸村だ…お姉ちゃん、何やったんだろう…」
姉が、幸村にああいうことを言われるのは珍しい。
女であるのを、本人が忘れがちなせいもあるし
一次接触をほとんどしない人でもあるから。
他人には一定の距離を保って接する姉相手に
遠慮容赦なく距離を縮められるのは、だけだ。
何やったんだろうとどうでもよく考えていると
小十郎が「仲が良いことだ」と呟く。
その言葉が聞き捨てならなくて、はむっとすると
布団から身を起して小十郎を見た。
「…仲が良いって、お姉ちゃんと幸村が?」
「以外にいるか?」
「いや、今のは、いないけど」
居ないけれども、なんとなくしゃくだった。
これが仲の良い政宗であったならば、まだ別なのだろうが
年下の、ほとんど喋っていない少年が姉と仲が良いといわれると
どうしても、とられたような感情が湧くのだ。
…子供っぽいし、大人げない。
むぅっと眉を寄せ、布団に顎をのせるに小十郎はふぅと息を吐いて
苦々しい顔をする。
「不満そうだな」
「いや、まぁ、うん。そんなことは、ないけど」
嘘だ。
そんなことはある。
だが、小十郎相手に認めるのは、他の人よりもっと嫌で
があからさまな嘘をつくと、小十郎は仕方がないという顔をした。
「認めてやれ、あれは、二十三なんだろう」
「そうだけど」
「なにを悋気焼いてやがる。あれは手前の姉で
大体手前には俺がいるだろうが」
「それは、本当に、そうなんだけ…ど………?」
頷きかけて、止まる。
手前には俺がいるだろうって、片倉小十郎、それは。
ぽかんとしながらが小十郎をまじまじと見ると
彼もまた、自分で言ったことに驚いているようだった。
無意識か。
今の発言をそう結論づけると、どういう反応をするのか
楽しみ半分、不安半分で待つ。
俺がいるだろうを、否定してくるのか、肯定してくるのか。
肯定してくれるといいんだけど、と願うのささやかな希望は
けれどかなわない。
「忘れろ」
「え」
「今のは、無しだ」
きっぱりと、断じて、小十郎がまた本に目を落とす。
どうしてその反応なのか。
小十郎の心の動きが分からなくて、仕方なくは素直に
「忘れたくないんだけど」
と、お願いしてみる。
それに対する、小十郎の反応は鈍かった。
本に視線を落したまま眉間にしわを寄せ、のほうを一切見ずに
「…手前のそれは、どういう意味で言っているのか、分からん」
ぼそっと言ったその様子が、余りにも困っているようだったので
は意味を問うこともできず、ただ黙って口を噤むしかなく。
寝るまでの時間、ただ気まずい沈黙が、部屋の中を満たしていたのだった。