本日は久しぶりの休み。
この間高田の代わりにシフトに入ったために
実に九日ぶりの休みであった。
くそう、一日寝るぞ!と思うだったが
そうは問屋が卸さないのが人生である。
が起きたのは、もう日も高くなったころだった。
「あー…?今何時ぃ?」
「十一時前ぐらいだよ」
返された声は、いつものものでなく、違和感を伴って
がそちらを見ると、佐助が居た。
珍しいなと、正直に思っただったが、幸村が部屋の柱にもたれて
寝息を立てているのに納得をする。
幸村のついでか。
それにしても真田主従と一緒になるのは珍しい。
佐助はともかくとして、幸村は至極のことが苦手であるようだから。
まぁ、理由は分からなくもない。
は女で、『女』だ。
好きな人がいれば傍に居たいと思う、ごく普通の。
そういう感性は一般に近いのそれが、幸村は苦手なのだろう。
だから、姉は平気でも、は駄目。
それについては少しさみしいと思うだが、無理をして近づくほどでもない。
ふあぁと気の抜けたあくびを漏らして、彼女はふらりと立ち上がり
洗面所へと向かう。
するとそこに居たのは政宗で、片手を上げる彼に手を上げ返し
そこでは微妙な違和感を政宗に抱いた。
あれ、なんだかいつもと違うような?
首を傾げてまじまじと政宗を見ると、眼帯が、いつもとは違った。
前に買い与えた医療用の眼帯でなくて、前につけていた革製の眼帯をつけている。
「あれ、前のは」
「あぁ、使い切った」
とんとんと目を指して聞くと、こともなげに返されて、は口をとがらせる。
それは、先に言え、先に。
だけれども、ねだるようなそれは口に出しにくいのだろうなと、思う。
うん、姉なら、そう思うはず。
本屋の一件だったり、この間の化け物騒ぎだったり
自分の短気を嫌だと思ったは、大人になろうと決めたから。
すぐすぐに口に出すことはせず、一呼吸置いて、考えて
それで、政宗に向き直る。
さて、口に出しにくいのなら、どうするべきか。
答えは既に決まっている。
「じゃ、顔洗って着替えるから、行こうか」
「Ah-?もうすぐ帰るんだ、別にいいだろ」
「よくないよくない。なんかあって出かけないといけなくなったときに目立つじゃない」
否定すると、それは一理あると思ったのか、政宗が唸る。
それに勝利の笑みを浮かべながら、じゃあ、またあとでねと
は朗らかに彼に言うのだった。
で、ドラッグストアにまた来たのだけど、前に来た時とは違うことがある。
政宗と、と、小十郎と、三人なのだった。
なぜ、小十郎がここに居るのか。
答えは簡単だ。
農作業をしようと外に出かけていたところを、政宗とで捕獲したから。
『Hey小十郎、出かけるぞ』
『は?何を仰っておいでだ、政宗さま。
出かけるとは何処にぐらい』
『ドラッグストアですよ、小十郎さん』
…そういう強制的なやり取りを経て、小十郎は今ここに居る。
ちなみに政宗が小十郎を連れてきたのは、彼に気分転換をさせようだとか
そういうことでなく、恐らく、小十郎が慌てふためくのが見たかったからだろう。
根本ではまじめだけれども、基本的にはいたずらっこでいじめっこ。
伊達政宗はそういう人間で、そういうところが可愛げだ。
いや、どれほどの人間がそれを可愛げと言うかは知らないが。
三人でドラッグストアの中に入ると、人はまばらだった。
当たり前だ。
平日の昼間に居るのは、主婦か老人かの二種類しかいない。
「じゃあ、あたしその辺ぶらついてるから」
そういえば、化粧水が無くなりかけていたな。
それを思い出したは、政宗と小十郎に断って、二人から離れる。
一度来た事があるから大丈夫だろうと思ってのことだが
事実大丈夫なようで、政宗は小十郎を連れて、さっさと眼帯の置いてあるコーナーへと歩いて行く。
その二人の姿に、極道の若と護衛。というろくでもない想像が浮かんできて
ぶふぅっと、は一人吹き出し笑った。
化粧品のコーナーに行き、いつもの化粧水を手に取っただが
しかし、コーナーにはの購買欲をそそるようなディスプレイで
新商品が展示されていたから、はそこで足を止めてひたすらに悩んだ。
「んー………」
今使っている化粧品に文句があるわけではないが、もっと良いものがないものか。
そして、この新商品は良い気が、する。
いやでもなぁ。
合わない化粧品使うと肌が荒れるからなぁ。
そうすると、自然と捨てるという流れになるが、
その時に、この新商品の値段はちょっと痛い。
化粧品ジプシーが、真剣に買ってみるか、買ってみないべきか頭を悩ませていると
「…まだか、」
「あぁ、小十郎さん。ちょっと待って」
横に立った小十郎に、手で制止を掛けて、は手に持った商品を見比べる。
いつものか、それとも新商品か。
決めさえすれば、すぐに会計にいけるのだが。
「………小十郎さん、どっちが良いと思う?」
悩んでも悩んでも、決められないので最後の手段と
手に持ったものを顔の横に掲げて聞けば、小十郎はあからさまに顔をしかめた。
「俺に聞くな」
「いや、直感で良いから」
「簪だとかそういうものならともかく、俺にそんなものが分かるわけがねぇだろう」
「そりゃあ、そ」
「あれ、じゃん」
の声に覆いかぶさるようにして、売り場に響いた声。
それはの友人の花田三津のものだった。
みっちゃん、と呼んでいる彼女は大学生のはずだが。
平日の昼間に何故居るのだろうと思いながら、声のほうを見ると
確かに花田三津がこちらに向かって小走りに近寄ってきている。
ギャル服の彼女をどう思うのだろうと、隣の人の気配をうかがいながら
抱きつくようにして走りよる彼女を受け止めて、は久しぶりの再会に弾んだ声を上げた。
「きゃー、みっちゃん?どうしたの、こんな時間に。まだお昼だよ?」
「大学休みなんだよ。そっちこそ仕事はー?」
「あたしも休み」
「あ、まじで?」
「うん。シフト制だから」
「あぁー。土日じゃないんだ。大変」
「いやぁ、それほどでも」
一息に喋りたくるのは三津の癖みたいなもので、もそれに付き合って
機関銃のように会話する。
隣の人は、何か物申したい。それを頑張って飲み込む努力中のようだ。
三津は、その努力中の人を目ざとく見つけ、失礼にも指さした。
「あれ、それ彼氏?」
隣の、顔に傷のある背の高い人を、迷わず指させる彼女は
所詮自分の類友となのだろうか。
果たしてどうかと思っただが、否定するのも関係を聞かれて面倒なので。曖昧に頷く。
「あぁ、まぁそんな感じ」
「へー。…………じゃ、あんまりお邪魔してもあれかぁ。
後でメールする」
そうすると、三津は疑問にも思わなかったようで、あっさりと頷き
隣の厳つい男とラブラブにね、と言い残して去って行った。
「ん、じゃね」
手を振って見送りながら、は考える。
…学生、元気!
三津は高校時代からの友人だが、大学に進学したせいで
まだ学生生活、モラトリアム期間を謳歌している。
就職したと比べると、まだまだ、若い。
いろんなところが若い、というのは欠点でもあり、そして眩しくも見える。
同い年のくせに、若々しい三津の姿に目を細めていると
ほど肯定的には受け止められないらしい小十郎は、疲れた息を吐いた。
「……………あの年頃の女っていうのは、嵐に似てるな」
「え、同い年なんだけど」
いや、三津は自分よりも若々しいと思うが、しかし年ごろと言われたのなら
とて入るではないか。
腹をつついて突っ込むと、手を払いのけながら小十郎は
「手前が、一番嵐だろう」
本当に、実感がこもった声で言うので。
は一瞬無言になった。
間違いなく、褒められていない。
どちらかと言えば、思い切りけなされて…。
「…うわぁ…なに、けなされちゃってる。
なにこれ、彼氏とか言って否定しなかった罰?」
「……………」
どうしたもんかと思いながらおどけると、おどけた内容が気に入らなかったのか
無言で見下ろされる。
…本当に、彼氏が嫌だった?
それは、も傷つくのだけど。
憎からず思われていると思っていたのだけど。
えぇー…と、心の中で傷つきながら、それでも嫌な思いをさせたのなら
謝らなければいけない。
「否定が面倒だったから、ごめんなさい」
頭を動かして下げると、小十郎は、そうじゃあない。と言葉を振らせた。
「それは、嫌じゃねぇからいい」
「……………」
では、どういうことなのか。
無言で見上げるが、彼は答えをくれない。
「政宗さまがお待ちだ。さっさと済ませろ」
の視線を払いのけるように踵を返し、小十郎が去っていく。
どういう、ことなのだろう。
彼氏扱いをされて、なにか思うところだが。
何を考えて、あのような態度を取ったのか。
気にかかるのは気にかかるがしかし。
「………たはぁ…」
嫌じゃねぇからいい。の声音を思い出して、は化粧品を持ったまま一人、照れた。