「たっだいまー」
勢いをつけて家の中に飛び込めば、玄関で立ち話をしていた政宗と小十郎にぶつかりかけた。
なんという厄日。
がこうして思うのは、こういった事態になると
二人して説教かましてくる、兄っぽいもの(政宗)と
父親っぽいもの(小十郎―彼は一応の想い人なのに。憎からず思いあっているはずなのに)のせいである。
現に、今も二人はひっどい顔をしながらのほうをぎろりと見た。
「…、玄関は、どう開けるもんだ?」
「げ、元気よく?」
「手前はいくつだ、」
「二十一?」
「ほー。疑問符がついてるっつーことは、俺らが何を言いたいか分かってるってことだよな。
なぁ、?」
頭をわしっと掴んで言う政宗に、誤魔化すように笑ってみると
そのまま頭を振られる。
どういう扱いだろうか、これは。
日に日に酷くなる扱いに、物申すぞと思うだが
この気安い感じは悪くないので、まぁいいかと結局流してしまう。
それでも、うん。玄関を開けてぶつかりかけたのは事実なので
謝ろうかと思って政宗の手をどけようとしたところで
ピルルルルと、の携帯が間抜けな音を立てて鳴った。
友人との交流はメールですませているので、電話をかけてくるといえば会社以外にはない。
は慌てて自分のカバンをまさぐり、携帯を見つけて即座に耳に当てる。
「はい、です」
『お疲れ様です、上田ですが』
「お疲れ様です、上田さん」
聞こえてきたのは、の上司である上田の声だった。
人の良さそうな福笑いのような顔の中年が
電話の向こうでほんのりと笑っているのが見える気がして
はがしがしと頭をかく。
…何の用件だろう。
会社から電話がかかってくるなど、ろくなものではありはすまいと思っただが
実際その通りで、上田は申し訳なさそう…でもなく、ごく普通の声で非情の通達をする。
『あのね、君。君、金曜日休みだったでしょ』
「えぇ、はい」
『パートの高田さんが、子供の面談が入ったから
その日は休みにしてくれって言ってきたから。君、出て』
「あぁ、はい…了解です」
なんという厄日。
再度繰り返して、はがっくりと項垂れる。
断れないのは、無理を言って安定シフトにしてもらっている負い目からだ。
くそう、久しぶりの休みだったのに。と、思うだったが
それでも会社の命令は命令だ。
じゃあ、九時五時で入ればいいですね?と上田に確認を取る。
『あぁ、うん、それで宜しく頼むよ。悪いね』
「いえ、仕事ですから」
悪いなど、ちっとも思っていない声色で上田が言うから
さすがにはいらつくが、それを表情にだけ出して、声には出さず、返事をする。
そうするともう一度宜しくねと言って通話は切れた。
………まったく、タヌキだ。
福笑いなだけでほっそりとしているが、上田は間違いなくタヌキだと思いながら
携帯電話をかばんに戻すと、視線が自分に突き刺さっているのに気がつく。
視線の出所に顔を向けると、政宗がまず、わしっとの頭を撫でた。
「わっ?!」
「……お前Endurance(我慢)なんてもの出来たんだな。
褒めてやるよ」
「政宗さまの仰る通りだ。
…俺は、てっきり職場でもそうなのかと」
口々に酷いことを言う伊達主従だが、それだけのことをしてきた自覚がにはある。
顔をひきつらせながら、とりあえず反論は諦め、代わりに政宗の腰を平手でたたくと
彼はくつくつと喉の奥で笑った。
こういう時に、は政宗を性格が悪いなぁと思うのだった。
彼は、人をからかうのが割と好きであるらしく、それを実行するのに躊躇わない様子は
からしてみれば性格が悪く思える。
まぁいいけど。
頭を振って政宗の手を落とすと、彼はそれ以上の頭に執着する気はないようで
玄関を上がり、自室へと歩いて行く。
そして、自室へと入り切る前に
「小十郎、が着替えるまでついててやれ」
「わかりました、政宗さま」
「ありがと、政宗」
ひらりと手を振って、政宗は自室へ入る。
基本的にこうだから、からかわれても政宗は憎めないのだ。
は玄関を上がって、それからふと思いついて小十郎の手を握る。
それにぎょっとした顔を小十郎はしたが、は構わず彼の体温を確かめた。
今日は、温い。
昨日と違って暖かな彼の指先に、は顔を綻ばせる。
「今日は温いね」
良かったという感情と共に、ふにゃりとした顔を向けてやれば、どうしたものか。
そういう表情に小十郎はなった。
が、やがて苦笑して、早くいくぞと彼はの背中を押した。
冬の寒い日。
家玄関での日常の一こまである。