部屋の中に散らばった服を見ながら、はうぅんと腕を組む。
「デートなんて、したことないから」
何を着ていけばいいものか。
分からない。
だけど、さすがに着替えている最中の部屋には、男性陣は入ってこられないから
は今一人きりだ。
余り悩んでいると、まずい。
その現実的な思考でもって、は初デートの服をえいやぁ!と選んでしまったのだった。
…………………………どうかと思う。







着替えて一階に降りる。
すると、政宗とちょうどはち合わせた。
彼とは、意識して会おうと思うよりも、はち合わせるほうが多い。
くらだないことを考えていると、政宗がの恰好を見てにやりと笑う。
「dateなんだってな」
「えぇ、まあ」
「しっかり遊んでこいよ」
それだけ言うと、ひらひらと手を振って、政宗は洗面所のほうへと歩いて行く。
短い会話。
それだけ言うのにわざわざ立ち止まった意味を考えて、は苦笑する。
「…面倒見が良い人」
と仲が良い訳を、改めて納得しながら玄関を開けて
外に出ると、幸村が毛布に包まれた何かを持って立っていた。
「………」
明らかに銃刀法違反の物だ。
最初に出かけた時にはどうしようかと思った代物だが
前と今は違う。
は天を仰ぎながらそれを黙認して、行きましょうかと幸村に声をかけた。
すると、幸村はにこりと笑いながら
「その服、よう似合って居られる」
「…幸村さんも、その………お似合いですよ」
こういう時に、さらりと躊躇いがないのはなぜなのだろう。
は分かりやすいと思っていた幸村の言動が
あやふやなものになるのを感じながら、かろうじて返す。
なぜ、照れないのか。
まったく平生の顔でにこにことこちらを見ている幸村に
渋い顔を隠しつつ、は車へと乗り込んだ。


二人が、最初で最後のデートに選んだのは、街中でなくて、郊外の広い公園だった。
少し広い池と、芝生と、それから少しの花が植えられたそこは
デートコースと言うより家族の憩い場のような場所だったが
は己たちには、こちらのほうが似合いだと思ったので。
家族があちこちでレジャーシートを広げている芝生で
まずお昼を食べることにして、レジャーシートを
持ってきていない二人は直接芝生に座り込む。
「シート、持ってくればよかったですね」
「いや、某は構わぬ。行軍中は常にこうであるゆえ」
「あぁ、なるほど。シートひく余裕なんてないですものね」
色気のない会話はデートらしからぬものだったが
は気にするという意識もないまま、持ってきた荷物の中からお弁当を取り出した。
朝の五時から起きて作ったその弁当は、気合が入りすぎたせいかお重三段である。
作りすぎたかなぁとも思うが、朝を抜いてきているのだから、まぁよかろう。
普段は昼食を食べない幸村も、公園で昼を食べるために朝を食べていないから
お腹がぺこぺこのようで、飢えた野獣の眼をして
の持っているお弁当をはぁはぁと見ている。
「さて、幸村さん、お待ちかねのお昼ですよ」
「おぉ…一段目が握り飯。二段目三段目がおかずとは…豪華でござる」
「ふふ、頑張って作ってみました」
一段目は、おにぎりで、具なしと、明太子、おかか、昆布。
二段目にはからあげと卵焼きとウインナーと彩りにプチトマトとレタス。
三段目はピーマンの肉詰め、海老フライ、きんぴらごぼう、鮭の塩焼き。
ぎゅうぎゅうに詰められたそれは、とても二人分とは思えなかったが
幸村がきっときれいに平らげてくれるだろう。
バッグの中からお箸を取り出して、幸村に渡し、は手を合わせる。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
言うが否かという速さで、さっさと食べだす幸村。
その姿は調理人としては最高の褒め言葉で、はお茶を水筒から注ぎながら
ついにこにことしてしまう。
この人、おいしそうになんでも食べてくれるからいいなぁ。
唐揚げをほおばりながら、おいしそうな顔をしている幸村に
は幸せな気持ちになる。
全く、気持ちが良いったら。
けれど、そうやって呑気にしていると、ご飯が無くなるのもまた事実で
は注いだお茶を幸村の前に置いてやって、自分もおにぎりに手を伸ばした。
「…それにしても、良い天気ですね、幸村さん」
「うむ、快晴でようござった」
「空が青いと幸せですよねぇ」
「まったく。雨は雨で趣があるとは思うが、やはり晴れておるほうが良い。
…気が合いますな、殿」
「えぇ、まったく」
ほのぼのとした老人めいた会話を間に挟みつつ、重箱三段を二人が完食したのは
食べ始めてから僅か二十分後のことだった。
ちなみにほとんど幸村が食べたようなものである。
は元々あまり食が細いほうだから、十分足りたが。
「…これからどうしましょうか、幸村さん」
「今しばらくは、こうしておればよいかと」
「………そうですね」
芝生に座ったまま、ぼうっと空を眺める。
普通、この位の歳の男女なら、もう少し活動的なのだろうけど
と幸村はこうして隣で並んでいるだけで満足だった。
「さっきも言いましたけど、良い天気ですね」
「そうで、ござるな」
ぼんやりと、会話をしながら自然と手が繋がれる。
横を向くことはしなかった。
もそうするのが良いと思っていたので。
繋がれた手を緩く握り返して、は幸せだと思う。
とても、今が、幸せだと思った。



本当にしばらくの間、二時間ほどだろうか。
そうして空を眺めたり、時々会話をしていた二人だが
さすがに立ち上がり、池のほうへふらふらと散歩をしたりだとか
その池でかるがもの親子を見つけて可愛い可愛いとはしゃいでみたりだとか
まぁようするに、ほのぼのとした時間を過ごしていた。
その調子で夕暮れまで過ごして、と幸村は手を繋いだまま、車まで戻ってくる。
一日が終われば、もうすぐの終わりがより近付くということ。
夕陽を見て寂しいと、思いながらは幸村を車に乗るよう促した。
繋いでいた手を離すと、幸村もまた手を離す。
汗ばむほどに暖かだった指先が、まだ寒い外気に触れて急速に冷えるのを感じて
は酷く、また寂しいと思った。
あぁ、寂しい。
だから、は車に乗り込むと、エンジンを掛ける前に
一つ、決めたことを幸村に切り出す。
「ねぇ、幸村さん」
「なんでござろう」
「最初、来た時幸村さんは鉢巻してらっしゃいましたよね」
最初に来た、鎧武者姿の幸村は確かに額に鉢巻をしていた。
それを思い出しながら聞くと、幸村は訳が分からぬ顔で頷く。
記憶間違いで無かったことに、ほっとしながら
「あの、幸村さん。もしも、よろしければですけど。
鉢巻になにか刺繍、させてはいただけませんか?」
「刺繍…?」
「はい、残したいんです、何か」
幸村と、佐助と。
政宗と小十郎。
この四人が来たのは、近くて非なる世界だ。
こちらの世界での真田幸村は、この真田幸村ではない。
歴史に痕跡を、生きた証を見つけることすらできない場所へ帰る人に
私が居た証を、なにか目に見える形で残したい。
ついて行きもしない癖に、大変な我儘だとは思ったが
幸村はそうは思わなかったようで、嬉しげに顔を輝かせながら
「帰ったら渡すでござる!」
と、勢い込んで頷く。
その様子はまさしく散歩前の犬のようで、は少し気が晴れるのを感じた。
この人の、この直球勝負といった感情の表し方はとても好きだと思う。
そうしていると、幸村のほうも何か考えることがあったらしく
彼は少し考え込むそぶりをして、しばらく後に胸元に手を突っ込んで
首飾りを取り出した。
いや、首飾りではない。
真田の六文銭だ。
前に見た彼の資料による知識を思い出してはっとする
幸村は引っ張り出した六文銭を外して、結んでいた紐を解いた。
「…殿、この六文銭意味はご存じか」
「はい、資料で」
「ならば話は早い。この六文銭は三途の川の橋渡し賃。
戦いで死しても構わぬという決死の覚悟の表れにござる、が」
幸村は言うと、紐から一文を抜き取って、の手に握らせる。
「だが、こたびはこれはいらぬ。
あのような化け物の遊びに付き合って、死ぬ道理がない」
きっぱりと言って、そして彼は驚くの手をつつみ、こう言った。
「故に、これをそなたに。
遠い世界にのこる殿に、某の居た証を。
…迷惑でなくば」
「迷惑なんて、あるわけがありませんよ」
「そうでござるか、某も。…いいや、俺も、ありませぬ。
殿が殿であるからこそ、迷惑などあるはずもない」
最後の最後に、一人称を変えて、幸村が言うものだから
はたまらなくなって、六文銭の中の一文を、ぎゅうっと握りしめた。
…この人は、もう、仕方ない。
好きだ、とはそこで初めて幸村に対して強く思ったが
口に出すことは無く、ただ、一文を大事にポケットにしまい車を発進させた。