さて、そうしてが自分の気持ちを否定するのをやめたからと言って
何があるわけでもなかった。
当然だ。
幸村はのために抑えると決めたし、は幸村のそれが良くて
否定するのをやめたのだから。
一週間と、少し。
彼彼女はその状態で、いつもどおりに過ごしていた。
けれど、それもいつまでも長くは続かない。
終わりの気配は着実に近づいている。
既に兆候は有った。
食事中、誰かの強い視線を感じてぞくりとすることがある。
玄関に入った途端、誰かが舌なめずりをしたような気がする。
狩りに転じようとしているのだと、でもわかるぐらいに
強く、強く。
―化け物が見ているのに飽きて、手を出そうとしてきていた。
終わりは近い。
もうすぐ、終わる。
思うと寂しいような気がするのだから、不思議なものだ。
最初、佐助が現れた時にはとんだことになったと思ったのに。
人間どう転がるか分からないものだなと思いながら
は目の前で戦う真田幸村と、伊達政宗を見る。
は家に居るけれど、土曜日だからまだ日も高くて。
幸村がこれから政宗殿と少し鍛錬をというから、なんとなーく付き合ってみたが。
ふぁっと、気の抜けたため息を零すと、隣の佐助が笑う気配がした。
「なにかありました?」
「いやぁ、最初見た時はあんなにびっくりしてたのにねぇと思って」
「そう何度も驚いていても困るでしょう」
「そりゃあ、確かにな」
目の前で戦う二人は、火と雷を出しながら、激しく競り合っている。
バサラ技と言ったか。
あぁいう電気だの火だのを出す超常的な技も、並行世界だと思えば
まぁそういうこともあるぐらいで片づけられるのが、の強みだ。
もう驚きませんよと言ったならば、佐助が残念そうな顔をするのに笑ってしまう。
そんなに驚いてほしいのだろうかこの人は。
いや、どちらかといえば、普段の分をやり返したいのか。
どうにも負けっぱなしであるのが気に食わないらしい
佐助の子供っぽさに、和やかなものを感じながら、は眼を細める。
終わってしまうなら、それすらも惜しい気がして。
「今日明日でどこかでかけますか?」
皆で。
提案はするりと口から出た。
最後に家でのんびりとしているよりかは、もう少し思い出がほしい。
けれども佐助はそのの提案に首を振って
「いや、そこは旦那と二人で出かけてきなよ」
………。少し、無言になる。
否定するのはやめたけど、そういうことをすぐに受け入れられるほど
の二十三年は軽くは無いのだ。
けれど、まぁ、もうすぐ終わる。
目の前で楽しそうに戦う幸村の姿に、それもいいかもしれませんね、とは言った。
「でも、佐助さんと出かけたくないわけじゃないですからね」
そう付け加えるのも忘れずに。
それに、「俺様もちゃんと出かけたくないわけじゃないけどね」と、佐助が言うものだから
は佐助の橙色の髪の毛に手を置いて、ぽんぽんと軽く二度叩く。
佐助はの行動に顔をしかめて、文句を言おうとしかけたが
途中で口をつぐんで大人しくされるがままになった。
終わりの気配は、何もかもを名残惜しくさせる。
この人も離れがたく思っていてくれるのかと思うと、
普段よりも殊更愛おしい気がして、は叩く動作を撫でるものへと変えた。






二人だけで、出かける。
最後に、それもいいかもしれないと思ったので、は幸村を
食後の、二人だけの勉強会の後外出に誘ってみた。
「明日、でござるか?」
「えぇ、まあ」
皆誘おうかと思ったんですけどというのは、言うのをやめておいた。
なんとなく、というやつで。
だというのに、幸村は
「佐助は?」
と聞くから、はぷっと吹き出す。
この空気の読めなさ。
色恋沙汰に関して、まだ真田幸村は真田幸村のままで
はそれに強く安堵しながら、断られましたと首を振る。
「二人でいってきたら、ですって」
「あぁ…気を使わずとも良いというのにあやつは」
「ねぇ?」
普通の女なら怒るところだろうが、なので
幸村のその言葉に、全くだと同意を示す。
けれど、再度誘ったところで佐助が来ないのは簡単に予想がつくので
は幸村の返事をただ待った。
そして、幸村もまた、長年の付き合い上佐助がこういう時には
来ないだろうことが予見できたので
仕方がない奴だという意味で、ため息をひとつついて、彼はに微笑む。
「では、某で良ければお付き合いするでござるよ、殿」
「はい、幸村さん」
頷く声は、出来るだけ明るく。
どこに行きましょうかとかける調子はいつもと同じように。
二人、決めてしまったから。
寂しいも、嫌だも、言う資格がないから飲み込んで
得難い時間を最後まで過ごすために、ただ。
それでも寂しく思うのは止められなくて、は思ってしまうのだ。







―あぁ、冬が、終わってしまう。









そしてその思考は、彼女に一つだけ、決めごとをさせた。