塩が山盛りに置かれた階段にも少しは慣れた。
端に寄らないよう、段を踏むと玄関が開いて小十郎が姿を見せる。
彼とかち合うのは珍しい。
はそう思いながら片手を彼に向かって上げる。
「お帰りなさい、小十郎さん」
「あぁ、今帰ったのか?」
「いえ、少し前に」
帰ったのは言ったとおり少し前で、風呂場に寄って、湯を出してきたところだった。
今日はことさら冷えるから。
夕方だというのに外で庭弄りをしている誰か二人のために
早くに風呂を入れてきたは、そうとは言わず
今からご飯を作りますね、とにこりと笑う。
すると小十郎はそりゃあ丁度良かった、と頷いて
玄関を上がりの手に、自分が持っていたものを握らせる。
「良かったら使ってくれ」
「…立派なねぎですね」
小十郎からへと渡ってきたのは、まだ刈り取られたばかりのねぎの束だった。
畑で収穫した、小十郎の育てたねぎだろう。
…ねぎ。
瑞々しい緑の葉ねぎに、は一瞬間を空けて礼を言った。
一瞬の間は、顔の厳つい男にねぎを渡されるという珍事への間だと思ってくれればよい。
ともかくとして、ねぎを渡されたはとりあえず味噌汁に入れようと思ったが
それをするにはもったいない、本当に瑞々しいねぎだ。
さっきまで埋まっていたのだから、瑞々しいのは当たり前だが
市販のものとは確実に違う。
前にが小十郎さんは緑の指なのよ、と言っていたけれども
それは、本当のようだ。
農業をやっても確実に生きていかれるでしょうね、とは言おうかと迷うが
それは、相手にとって褒め言葉かわらかないので飲み込んで
「良いねぎなので、今日はねぎ焼きにしますね」と献立の変更を伝える。
すると小十郎は、ゆるく目を細め笑った。
そういう表情をすると、普段の厳めしさは男らしさに変わる。
あぁ、の好みっぽい。
妹のお付き合いする系統は、こういう部類が多かった。
と、いささか本人には言いにくい感想をは抱く。
それにしても。
この二人どうなっているのか。
相談を受けて以来、結果の報告もないし、これといった変化も無いので
は二人が付き合っているのか付き合っていないのかも知らない。
どうなったのだろうと、は一瞬考えたが
…まぁ、知っていてもどうだという話か。
すぐさま自分が知っていてもしょうのないことだと考えを放棄する。
本当に、仕方のないことだ。
それは妹と小十郎が決めればよい。
は、求められたら関われば。
…そう思ったにもかかわらず。
「それにしても、手前は俺に何も言わないが。良いのか?」
小十郎がの目を見て言うものだから、
はずるりと階段から落ちそうになった。
今、まさに、なう。思ったところだったのに。
あんまりなタイミングに、思わず心でも読めるのかとも思ったが
そんなわけがない。
阿呆な考えを打ち消して、は小十郎の顔をまじまじと見る。
彼はいたって真剣なようだった。
政宗といい、佐助といい、小十郎といい。
ほとほといい加減にしろと言いたくなっただったが、ふと思いつく。
戦国時代のお付き合いには、家が絡むもの。
それだから、家長であるの様子を皆うかがっていたのか。
自分の思いつきに、はようやく三人の態度に得心がいった。
…事実関係は少し違うのだが、ともかく、はあぁあぁと心の中で大きく頷き
小十郎の肩をぽんっと叩いてやる。
「…小十郎さん」
「………なんだ」
「この時代では、好きな者同士は好きに付き合っても良いんです。
だから、私の意思なんて、一つも伺う必要はないんですよ。
ちゃんと、小十郎さんさえよろしければ」
「俺が残れず、あいつを残していくとしてもか」
許す、といったにもかかわらず、返される声は硬い。
その声の硬さに、あぁこの人がちゃんを貰ってくれればと
は詮無いことを考える。
この声の硬さは、必ず別れに傷を負うだろう人を思う意思の表れだ。
苦労症で、真面目で、良い人で、大人。
片倉小十郎という人間の印象をより固めながら
は、でもね、と前置いた。
「でもね、ちゃんがそう決めたのなら。
私は、ついて行ってもいいと言いましたから」
「本人が決めたのなら、か。………どうしようもなく、良い母親だな」
「ありがとうございます」
小十郎の口から出たのは、にとっての一番のほめ言葉だった。
それには顔を綻ばせて頭を下げる。
そうして、沈黙が落ちる前に小十郎は、ついて行くか、と口に出した。
前後の話の流れではなく、夕食の調理にか、と二拍置いて気がついて
はふるふると首を振る。
「いいえ、小十郎さん、外にいて冷えたでしょう。
お風呂入れてますから、先に入っちゃってくださいな」
「いや、政宗さまが外にいらっしゃる」
「あぁ、そうですか。ではそれで」
小十郎の言葉に同意を示すと同時に、彼はまた玄関から外へと戻っていった。
政宗とをいい加減呼び戻して家の中に入れるつもりなのだろう。
政宗さんが外に居るのは気がつかなかったなぁと思いながら
はうーんと伸びをする。
すると、手に持ったねぎも一緒にわさりと揺れた。
「さて…ご飯作らなくっちゃ」
呟いて、は誰かについてもらわなくてはいけないと
いそいそと真田主従の部屋の方角へと向かう。
二人とも、今の時間ならば部屋でなにがしかしているはずだ。
どうしようかなと、考えながら
無意識にが前に立ったのは、幸村の部屋の扉だった。
それに気がついたのは、ノックをして幸村が顔を覗かせてからで。
しまったとは、思うもののは平静を装い
「ご飯を作るのでついていてほしいんですけど」と頼む。
それに「任せられよ!」と元気に返事をする幸村の笑顔を見て
の胸がざわめいたが、は前に自分が決めた通りに、それを勿論無視したし
どうして無意識に幸村のほうを選んだのか、その理由を考えるのも放棄した。