昔の言い方で花金。
花の金曜日。
世間のサラリーマンは飲み会やら何やらで忙しいが
は残業をぶっちぎった後、ホームセンターに来ていた。
農機具だの、肥料だの、花の苗だのが並べられた区画を抜けて
目当ての物を探し歩く。
探しているのは梱包材だ。
プチプチがあればいいのだけど、なければまぁ別の物でも。
きょろきょろとあたりを見回していると、の眼に目当てのものが飛び込んでくる。
「あ、売ってるんだ」
探したこともないから、あるのかどうかは知らなかったが
切り売りで売られているプチプチを見つけて
は店員を呼ぶべく、その場を離れた。



その翌日。
土曜日、は勿論休みであるが、もまた休みを取って
全員揃っての運び出し作業が決行された。
全員プチプチを手に、居間をうろうろしている様子は
見ようによってはシュールだ。
特に、小十郎が似合っていない。
自転車だとか、プチプチだとか、そういう現代的な代物が
彼に著しく似合わないのは、多分、武将だからとかそういうことでなく、顔だ。
けれどその事実からは、優しいはそっと目をそらして
なるたけ彼を視界に入れないように頑張っている。
…まぁ、彼の主がニヤニヤしている時点で、の努力は無駄なのだが。
政宗様、と明らかに怒気を含んだ声で言われているにも関わらず
噴出しそうな顔を改めることもしなかったその主はといえば
と一緒にテレビを現在梱包中だ。
「あ、テレビは液晶面にコンセントは置かないでよ、政宗。傷がつくでしょ」
「Ah-、sorry」
まずテレビの液晶面を、プチプチを引いた床に倒して
その状態で、プチプチの右側を持ち上げ、手際よく梱包していく政宗は器用だ。
何に対してもある程度こなせるらしい政宗は
もついているし放っておいても大丈夫のようだ。
小十郎の方も、適当にがフォローに入っているようだし。
担当区画外の様子をひとしきり確認して、は己の担当へと視線を向ける。
佐助と幸村はといえば、居間のソファーを外に運び出し
さてでは次は何を運ぼうか。と、物色している最中だった。
くるくると目をさまよわせ、コンポにしようかそれとも棚にしようか。
迷っている様子の幸村と、はたと目が合う。
顔をそらせたい気持ちになっただったが
何とか気合でそれをこらえていると、幸村はこちらにむかって少し目を細めて笑う。
「………」
すぐに彼の顔は別の方を向いたけれど
今のは、どういうつもりであると捉えれば良いのか。
いや、意味など分かっている。
ただ、が困って、そう、困っているだけで。
食器棚も外に出すため、使わない食器を梱包する手が止まりかけて
はふるふると首を振る。
無いことにしようと決めた。
だから、考えない。
どうして、彼の笑い顔を見て自分の心がさざめきたつのだろうかとか、そういうことは。
「考えないように、しよう」
呟いて、は食器を包む手を再開させた。



そうして、家具を外に運び出す作業を始めてから4時間半。
居間も、の部屋からもの部屋からも、
いらない家具はすべて運び出されていた。
残っているのは、食卓と、冷蔵庫、洗濯機ぐらいなものだ。
外のビニール倉庫はきゅうきゅうになってしまったけれど。
そして、代わりに家の中はがらんどうで
まるで引っ越す直前のようだった。
しかし、作業はここで終わりではない。
まず盛り塩を、北東、つまりは鬼門の方角へと行い
階段、廊下の隅、部屋の角。
いたるところへと塩を盛る。
続いてその隣に神社から汲んできた水の入ったペットボトルを置けば
見るからに怪しい家が完成した。
「………うん、これは人を呼べない家ね」
「普段から宅配業者さんぐらいしか来ないと思う、ちゃん」
設置し終わった後誰ともなく全員が集まった廊下で
きりっとした顔で言うに事実を告げて、は家の中を見回した。
確かにの言うとおり、この家を他人に見られれば
社会的に死に追い込まれかねないような景観だ。
すごい光景、と自分たちでやったにも関わらずは思うが
他の面々の表情も似たようなもので、
オカルト的なこの家の様子は、全員が受け入れ難く思っているようだった。
まぁ、化け物対策なのだから、仕方がないのだが。
「しかしこの家、夜は電気つけてないと塩踏みますね」
「そこ?!」
これは気をつけないと…とあちこちに散らばる塩を見ながら言えば
佐助から大声で突っ込みが入る。
「いやいや、ちゃんそれは違うでしょ。
もっと、こう…別の感想ないの?」
「いえ、ありますけど見た目のあれこれは言っていても仕方がないかな、と」
「そりゃあそうだが」
歯切れの悪い小十郎。
何か言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ。とも思うが
それを言わないのも彼の優しさなのだろう。
最年長である彼の気遣いが痛い。
そんなに変なことを言っただろうかとは思ったが
彼女の言動は常に、現実的過ぎた。
今はとりあえずこの光景に呆然とするときだったのだ。
「まぁ、気持ちはわからんでもないがな」
「夜、厠に行くときには、気をつけねばならぬでござる」
幸村が言った一言に、今度は幸村を除く全員が沈黙する。
すぐに化け物が出てくれば良い。
だが、長期にわたった場合には確実に。
「誰か、崩しますよね盛り塩」
「間違いないな」
そこでちらりと目をにやる政宗。
佐助も、ちらりとに目をやる。
小十郎もちらり。
最終的に全員の視線を集めることとなったは、息を詰まらせ反論しようとしたが
自分でも、最初に崩すのは自分だろうなという予感はあるのか
気をつける…と、蚊の鳴くような声でか細く言った。


…ちなみに。
その日の夜にが盛り塩を崩して、誰にも見つからないように
こっそりと直していたのは…以外は誰も知らない秘密である。