風邪を引くのではないかと懸念していたら、
案の定風邪を引いた。
佐助が。
………いや、確かに彼も寒空の下、幸村に付き合っていたのだろうが。
理不尽を感じる。
昨夜びしょぬれだったのは幸村だろう。佐助はまったく普通だった。
なら幸村が風邪を引く、そういう流れでは?
いや、別に幸村に風邪をひけ、というわけではないのだけど。
釈然としない気持ちを抱きながらも、は冷えピタとおかゆを持って
階下に降りる。
平日の、時刻九時半。
普通ならとっくに会社に行っている時間だが
どうにも心配で会社には休むと電話を入れてしまった。
心配をしすぎかとは自分でも思うのだが、
現代で風邪を引いて、ウイルスが向こう側と違っていて
免疫がなく、容態が急変。
などといった事態に万が一なられては困る。
それに、風邪を悪化させたうえで、強力になった菌をばらまかれるのはもっと困る。
だから。
今日も今日とて利己的な理由をつけて、それでもは優しさを惜しみなくぶん撒く。
「風邪薬は、うん、平気そうなら止めて置いた方が」
出来るだけ自然治療でいく方針を固めて
いつも皆で寝ている和室の部屋のふすまを叩くと、
中から半ば呻くような声が返ってくる。
返答があったことにホッとしながら扉を開くと
そこには布団に寝転がっている佐助の姿があった。
広い部屋の中、いつもの定位置に一人だけ寝ている佐助の姿は寂しいが
それぞれに割り当てた部屋は狭く、ここにいてもらわなければ
傍についていることも憚られるような近さになる。
「どうですか、体調は」
佐助の横に座り込みながら聞くと
佐助はの顔を見ていつものように笑う。
「んーまぁ、そこそこ?」
「どこがです。っていいたいところですけど
幸村さんが言ってくれなきゃ、わたし気がつきませんでした」
そう、朝、ご飯ですよーと呼んだの前に現れた佐助は
普段と何ら変わりなく、熱があることも風邪をひいていることも
は気がつきはしなかった。

それに気がついたのは、の言った通り幸村で
彼は二階に上がってきて佐助を見たとたん
『佐助、お前風邪をひいておるだろう』と、眉を寄せて言ったのだった。
えぇっと声を上げて佐助の顔を見ただったが
いたって普通のその様子に、思わず疑りの目で幸村を見ると
佐助、と短く彼は言い。
佐助は佐助で、その幸村の言葉に、なんでいっつもばれるかなぁと
悪びれない調子で寄こす。
その様子に幸村はまた顔をしかめ、『佐助、休め』と短く命令をして
結果こうなっているのだけれど。
あの時、幸村さんが言ってくれなかったら本当に気がつかなかった。
が体温計を箱から取り出しながら思い返していると
佐助がつまらなそうにころりと寝返りを打つ。
「まぁ、忍びを甘く見てもらっちゃ困る。
この程度、平熱のうちだよ。大げさなんだよな、旦那」
「幸村さんは、そうは思ってないから
佐助さんの体調が悪いって指摘して、休むように言ったんでしょうに。
…とりあえず、熱、計りましょうね」
脇の下に挟んでください、とお願いをして
佐助の体温を測らせると、出た温度は三十七度五分。
「ん、結構ありますね。吐き気とかありますか?」
「いや、頭痛くて熱っぽいだけだから」
確認した体温の高さに症状を聞くと、佐助は首を横に振って大丈夫だと主張する。
なにがこんなに彼をかたくなにさせるのか。
内心では首を傾げるだったが、それをおくびにも出さずに
その言葉に頷いた。
「そうですか。一応風邪薬とかはあるんですけど
慣れないものを飲んでどうにかなったら大変なので
最後の手段にしましょうね」
「あぁ、大丈夫。薬は持ってるから」
「そうなんですか」
「うん」
俺様なんだと思ってんの。
と、更に佐助の言葉は続いたが、佐助は忍びだ、医者では無かろう。
したがって、薬など持っていると、は思っていなかったのだが。
いや、しかし、忍びといえば諜報もしく暗殺。
暗殺といえば、毒殺。
毒は薬ともなりえるはずだし、そういうことなのかしら。
が結論にたどり着くと同時に、佐助がふと、不思議そうな表情を浮かべた。
「っていうか、ちゃん会社は?」
「お休みしましたよ」
それにさらりと返すと、佐助の目がぎょっとしたように見開く。
実際、えっと、声が漏れたのも聞いた。
「いや、そこまでしてくれなくても良かったのに」
どうにかするよ。
そう言いたげな佐助に、はどうしたものかなぁと思う。
そして、だから幸村は佐助の体調に敏感なのか、とも。
ただ、それを口に出してもしょうがないので
代わりに佐助の額に手を当てて、やんわりと彼をいたわる。
「まぁ、そこまでしてくれなくてもと言われても。
もう休みましたし。
大体、風邪早めに治してもらわないと。
長引かれてうつされたら困ります。
それに、仕事なら今は余裕ありますから。
大丈夫ですよ。急ぎの用があれば電話で呼び出しされますし」
「休みなのに?」
「休んでてもです」
「大変だねぇ、ちゃんも」
「佐助さんには負けますよ」
頷くと、返される同情の声。
しかし、佐助に同情されるというのもなんだかあれで
はとびきりの苦笑を浮かべて佐助に返してやる。
すると佐助はなにやらげんなりとした顔をして、枕に顔を押し付けて呻く。
「いやいや、うん。俺様心が折れそうだから
そういうこと言わないでくれる?
っていうか、あの人なんでぴんぴんしてるの」
「…さぁ?というか、幸村さんも隠してるということは」
「無いよ。旦那は風邪ひくとすぐわかるからさぁあああ!
なんで俺様だけなんだよ、世の不条理を感じるっ」
朝、様子が分からずとも風邪をひいていた佐助と違い
本当に、元気だった幸村を思い返して
馬鹿は風邪を引かないという言葉が、の頭を掠めたが、
残念、勉強の様子を見ていると、幸村は割と頭が良い部類のようだ。
ただ、うん。
勉強が出来るバカっていう部類なら、当てはまるんだろけど。
昨日の滝行を思い出したは、ついでに昨日の幸村の
『胸が痛むのだ』
の下りを思い出して、かぁっと、意味もなく顔を赤く染めた。
いや、うん、違う、のに。
否定の言葉は、何への否定なのかもわからず。

昨夜の出来事は、確かにの心を揺らし続けている。