目の前にはびしょぬれの幸村と、濡れていないものの、寒さに震える佐助。
「なんで川なんかに入ったの旦那!」
「滝行だといっただろう!」
「川は滝じゃないって気がついて!あぁもう、めちゃめちゃ寒い」
「寒いならば帰ればよかろうと言ったのに、帰らなかったのはお前ではないか佐助!」
「…………」
………状況が分からない。
とりあえず、明かりも付いていない玄関口にいる二人を
眼を凝らしてみた所、佐助は、濡れていないようだ。
…しかし、会話の内容から読み取るに、幸村は自分から川の中に入って
あれだけびしょぬれになったと?
冬に?
この寒い中?
事故ならともかく、自分から?
望んで?
「………へぇ」
呟いて、一段階段を下りると、そこでやっと騒いでいた二人は
こちら側に気がついたようだった。
同時にこちらをみて、…同時に凍りついたように動かなくなる。
「…………佐助さん?幸村さん?今、お帰りですか」
「はい!」
「た、ただ今帰ったでござる!」
なぜか、顔を青ざめさせて返事をする二人に、はふふっと笑いを漏らした。
おかしいなぁ、どうして、そんな顔をするのかな?
「なんで、濡れているのかだとか
聞きたいことは山のようにありますが
それは後から聞くとして
とりあえず、幸村さんは、自分から濡れに行ったんですね?」
「た、滝行にござる」
「そう、滝行」
本当になぜか、震える声で返答する幸村に
ゆったりと頷いて、は笑みを浮かべたまま息を吸い込み
「この寒空の中、なに考えてんですか!
そんなところでぎゃあぎゃあいってないで、
さっさとお風呂行って温まってきなさい、この大ばか者!
ほら、そんなところでつったってないで、さっさと!
幸村さん、GO!」
「あ、あいわかったでござる!」
びしっと指で風呂場のほうを指させば、火事にでもあったような勢いで幸村がすっ飛んで行く。
…着替えも持たずに。
それを視認して、後で着替えは持っていこうと思いながら
は次に佐助に視線を移す。
すると、幸村だけならまだしも、常時平静、といった様子の佐助まで
びくりと震えるものだから、の額に青筋が一本立った。
怒られるのが分かってて、どうしてそうするのか。
いい歳をしているくせに恥ずかしく無いのかと思いつつ
腰に手を当て、大仰にため息をついて見せる。
佐助はそれに一層居心地悪そうにしたが、その空気のままたたみ掛けると決めて
は佐助を上から下まで検分するように見た。
「…えぇと、俺様…」
「言い訳をするつもりなら、口を閉じてくださいな
佐助さん、その格好で、外行ったんですか?
というか、家の中でも、あなた方暖房つけませんよね?」
上下ジャージだけの佐助に、静かな、普段より低い声で語りかけると
佐助はうろうろと視線をさまよわせる。
「えぇ、あぁ、うん、だって」
自分に非があると分かっているせいか、大した反論もせず
逃げたそうにしている佐助に、の青筋がもう一本追加された。
幸村は分からずやっている分救いがあるが、佐助は分かっていてやるのだからより性質が悪い。
あんまりにも腹が立ったものだから
は階段を下りて佐助の目の前まで行くと、佐助の眉間をついてやった。
短くいたっという佐助の悲鳴が上がる。
「もう一度言いますよ。言い訳をするつもりなら口を閉じなさい。
聞きたいのは反省と謝罪と改善方針であって、言い訳じゃないんですよ、まったく
何がだってですか。
だってじゃありじませんよ、なんですか、その格好は。
それで寒い寒いって言ったって、誰もそりゃそうだとしか言ってくれませんよ、まったく。
なんでももっとあったかい格好しないんですか。
あなたたちときたら、せっかく服を買っても厚着しないっ。
ということで佐助さん、おろおろする前に、幸村さんがお風呂入ってる間
暖房かけて布団に包まる!
いくら頑丈頑健とはいえ、そんな恰好でふらふらしてたら風邪ひきますからね!」
「わ、わかった」
「…………まったくもう…あ、佐助さん!二階に布団もっていらっしゃい!
今暖房付いててあったかいですから」
「あ、うん」
押し切り押し出し。
普段はのらりくらりと口の立つままかわす佐助相手に
一回も攻撃の隙を与えず、は言うことを聞かせることに成功した。
…佐助相手に完勝してみたのは良い物の、あまり嬉しくない。
本当に、手のかかる。
二人の去って行ったほうそれぞれを眺めて、はため息をついた。
面倒見るのは嫌いではないけれど、あまりびっくりさせないでほしい。
しかし、それにしてもなぜ
「………ていうか、滝行って…幸村ってやっぱ変だよ」
…疑問を思いきる前に、後ろから声が覆いかぶさる。
の後ろにいつの間にか立っていたのはで、
彼女が口に出したことは、が思おうとしていたことと
何一つ変わりなかった。


滝行は、無い。