自室にて、仕事から帰ってきて着替え中のは、困惑しきっていた。
原因は、目の前の妹にある。
いきなり入ってきたかと思えば、黙り込み唐突に口を開いた彼女。
その彼女の言った内容に、は酷く困っている。
どう、答えれば良いのか。
「………えぇと」
「え、聞こえなかった?」
思わず意味のない繋ぎを並べて間を持たせていると、
はそのあいまいなの態度を勘違いしたらしかったので
いや、と否定をする。
「いや、聞こえたけど」
「うん。だから、好きってことが、小さい子どもの好きに
似ているって、どういうことだと思う?お姉ちゃん」
もう一度先ほど言った内容を繰り返す
そのの言葉に、は隠しきれず
ただ、あからさまな困惑の表情を浮かべる。
そう唐突に言われましても。
開口一番、部屋に入ってきて先の言葉を述べた
に向かって、その前後の説明を一切合財していない。
………それで、どう答えろと。
その場にいたわけじゃないから、言われた状況も分からないのに説明もせず
ただ、どう思うと聞かれても…どうって…どうなの。
本当、言葉のドッジボールを仕掛けてくるのは止めて欲しい。
説明下手をはるかにぶっちぎっている
可愛い妹に対して、はただため息を押し殺す。
とりあえず、からの質問に答えるために
改めて状況の説明を促そうかとも思っただったが
長年の付き合いによる経験から彼女に一から説明されるより
自分が質問した方が早いと方向を切替、口を開く。
ちゃん、まず、誰にそれを言われたの?」
「政宗」
「じゃあ、………小十郎さん絡み?」
「うん」
言った人間から問題を連想するのは容易かったが
それを言うのに躊躇いが生じるのは、彼女と小十郎の間の柔らかな空気が原因だ。
デリケートな問題への躊躇いのまま、そろそろと尋ねるだったが
質問を受けた当人は、まったく気にしていないようで
即座にあっさりと頷いた。
その反応に何か拍子ぬけをして、気の抜けたままは質問を続ける。
「なにがあって、そういうこと言われたの?
まずとなにがあったのか教えてくれる?」
聞くと、はことりと思い出すように首を傾け
「えぇとね、まず、お姉ちゃんが最近かまってくれなくて寂しいって話をしたら
小十郎さんに俺がいるだろって言われたの。
で、忘れろって言われたから、忘れたくないなって言ったら困られて
その後政宗に、お前の好きは云々って言われた」
「………なるほど」
やはりは説明が下手だが、それは置いておいて。
なんとなくの流れが分かって、は大きく頷いて腕を組み、天を仰ぐ。
………………相談されても…。
口には出さないものの、聞いた状況から察するに
思い切り恋愛がらみであることに見当がついて、は心の底から根限り思った。
いや、可愛い可愛いの相談ごとには勿論答えたい。
妹に頼られるのは気分が良いし?
困ってるなら助けてやりたい。
うん、でも。うん。しかし。
誠に残念ながらには、恋愛経験もお付き合いした経験も皆無なのだ。
もっというならそういった事柄には興味もなかった。
現在も継続中で、そういう事柄に興味はない。
だから、そういう恋愛関係は専門外だ。
ノー経験値、レベル零。
相談する相手を間違えている。
…とは思うものの、頼られた以上は仕方がない。
から聞いたシチュエーションを前提に考えて、
分かる限りで想像を重ねた結果、前後の状況等々はまるっと無視をすることにして
とりあえず相談されている政宗の言葉への解答だけ、自信ないながらも答える。
「…それは、ちゃんの感情が分かりにくいって話だと思う」
「分かりにくい?」
ちゃん、プリン好き?」
「……好き、だけど」
唐突な質問に、は目を白黒させたが、目線で促すと間をおいて答える。
「小十郎さんは?」
「好き」
今度は躊躇いなく、は答えた。
間を置きもせず答えたの様子に、は眼を細める。
あぁ、真剣なんだな。
思って、恋をする妹の姿に胸をよぎるのは、一抹の寂しさだ。
やっぱり大人になっているのだと、いつまでもの中では小さな妹の成長を
ひっそりと喜びつつ、は政宗が言ったのだと聞いた言葉を頭の中で繰り返す。
小さな子どもの好きに似ている。
この様子を間近で見たはそんなこと露ほども思わないが
普段の様子だけ見ていれば、子供が兄を、父を好きなように
が小十郎を好きなのではないか。
そういう考えが過ることもあるのかもしれない。
とはいうものの、政宗的には小十郎との仲を押したい様子だったから
どちらかといえば、彼の疑念ではなくて小十郎の疑念。
つまりは小十郎はそう考えているのではないかというアドバイスだろう。
…押してるなぁ…。
妹を連れて帰りたそうな様子だった政宗を思い出し
苦笑しかけただったが、とりあえず、質問の意味を分かっていなさげな
に説明を続けてやる。
ちゃんは、プリンも小十郎さんも好きね?」
「うん」
「でもそれは違う好きよね」
「うん」
「でも、ちゃんがプリンが好きって言う好きと
ちゃんが小十郎さんを好きって言う好きが
他の人から見たとき一緒に見えるってことだと思うの。
好きが子供の好きに似ているっていうのは」
「ぜんぜん違うよ」
即座に眉をしかめていうに、は頷いて同意する。
「うん、ちゃんの中では全然別のものなんだと、話を聞いてたら、私も思う。
思うけど、そう感じてるってことだと思うの。
政宗さんがっていうよりは、小十郎さんがね」
「………なるほど」
アドバイスか、と政宗の言葉の真意に気がついたは、唸るように言って
小十郎の部屋の方角を見た。
「…でも、そっか。やっぱりちゃんは好きなのか」
そのの横顔を見ていると、つい、言うつもりもなかったのに
ぽろりと言葉が漏れる。
そのの声には振り向いて
「うん。でもついていかないよ」
に向かって宣言をした。
ついていかない。
どこに?
向こう側に。
予想もしなかった言葉にぽかんと口をあけると、が眉を下げて笑う。
「あ、やっぱりそう思ってたんだ」
「えぇと、気がついてたのに気がついてた?」
言われた言葉の意味を問いただす前に
小十郎との関係性について、たちが勘付いていたのに
気が付いていたのか、と聞くと、は首を横に振る。
「ううん、あんまり。いまぴんっと来た」
「相変わらず、勘、鋭いね」
「うん。で、行かないからね」
相変わらずの妹の勘の良さに、が舌を巻いていると
は眼光鋭くの考えを否定する。
行かない、とは、やはり向こう側について行かないってことよね。
考えて、は首をかしげる。
が小十郎を好き。
これは確定。
本人がそう言った。
それならば、向こう側へついて行きたいものではないだろうか。
文化、文明の差は一足跳びにしてしまうだろう
行かないという理由が分からなくてが首を傾げる。
「行っても良いのよ」
残る理由を、強いてあげるなら自分ぐらいか。
思いついたが遠慮せずに、と言外に含ませながら言うと
はふくれ面をしてを見た。
「行っていいって言われたって行かないよう。
じゃあ逆に聞くけど、お姉ちゃんはついてきてって言われたらついてくの?」
不機嫌そうに言われた言葉を、即は否定する。
「行かない。理由がないもの」
「…あー。そんななんだ」
「そんな?」
眉をひそめると、慌ててが首を振った。
微かに、まだそんなところにいるならいいのと
彼女の独り言が聞こえたが、その意味を考える間もなく
から次の問いかけが来る。
「ううん。なんでもない。なんでもないよ。
じゃあ、もしもね、お姉ちゃん、理由があったらお姉ちゃんは行くの?
もし万が一、誰か、好きにになったりとかしたら」
予想外の言葉が来て、は眉を上げる。
誰かを好きになる?ないない。
そんなことはあり得ないし、万が一なっても
「行かない。祠があるもの。あの人たちが帰らないと直せないのに
行くわけがない。直せなくなる」
「うん、でしょ。あたしもそうだよ」
「一人で良いんだよ」
祠を直すのを頼むのに、二人も三人もいらないよとの言葉をやんわりと否定すると
彼女はむっと眉を寄せて、を睨んだ。
「それは大変に無責任だよ。お姉ちゃん」
もっともなことを言って、は珍しく、に向かって怒気を含んだ声を出す。
「あたしとお姉ちゃんが巻き込まれたんだから
あたしとお姉ちゃんで見届けるよ。
大体、あの人たちが帰った後は、二人で相手しないといけないかもなんだよ」
「それは…」
「だから、残るよ」
どうか、分かって欲しい。
あなたが心配で、それに、私は私の責任を果たしたいのだということを。
言葉に含まれたの思いを受け取って、
言いかけた、でも、だとか、だけど、をは飲み込む。
代わりに、既に決めてしまった顔をしているは頷いて
「そっか。でも、そしたらいいの?小十郎さんは」
「ん、諦めないからいいの」
の恋の行方をを聞いた言葉には、まるきり考えもしなかった返答が返ってくる。
それには素直に目を丸くした。
諦めないって、
「………政宗さんは、絶対残らないって言ってたけど」
やや呆然としながら、この間聞いたことを素直にに告げると
は分かってるよとにこりと笑った。
「うん、分かってる。残ってもらおうとは思ってない。
ただ、好きだよって言うだけ」
「…行かないのに?」
「うん、きっとそっちのが後悔しない」
その言葉は朝の空気のように澄んでいた。
が、のほうに体ごと向き直って、の顔をまっすぐに見る。
そのの瞳には、折れない強い意志が一つ。
「どっちにしろあたしは行かないんだから、いつか別れるわけでしょ?
だったら、いつかの終わりに怯えて口を噤むより
言って後悔しない方を、あたしは選ぶよ
言わずに終わって、この後先々で思い出して
言っておけばよかったって思うの、嫌じゃない」
そして、はにっこりと笑った。
その笑みがあんまりにもきっぱりとしていたから
抵抗もなくは、そうなのか、そういうものかと
納得をする。
終わりが見えていても、そこまでの時間はあるから。
告げて、共に過ごす。
自分の中からは出てこない答えだけれど、そういう考え方もきっとある。
そしてその考えは、嫌いじゃない。
うん、嫌いじゃない。
この子の望みのまま、別れまでの時間、この愛しい子が幸せに過ごせますように。
笑うにつられるようにが笑顔を浮かべて
姉妹は微笑みあった。




と、その姉妹のひと時を邪魔するように、階下で大きな物音がする。
がたん!と、音を立てたのはおそらく玄関だ。
誰か外に出ていたのかしら。
思いながら外に出て階段を下りると、そこにはびしょぬれになった幸村と
その幸村を後方でしかりつける佐助の姿があった。