…佐助の言葉によって、一瞬騒然とした夕食であったが
聞いてみればもっともな理由があってのことで
は一二もなく家具を外に持ち出す許可を出した。
その理由とは、無論化け物に関することだ。
言いだしたのは佐助であるが、決めたのは、真田主従、伊達主従四人全員であるらしい。
(何故佐助なのかといえば、切り出しにくい話を体よく押しつけられたようだった。
…相変わらず苦労症だ)
で、その理由であるが、家具を持ち出すのは、武器を家の中で振りまわせるようにするため。
ということだった。
家の中に家具があっては、思うように武器が振るえない。
…実にもっともな話だ。
それに即座に頷いただったが、話はそれだけに留まらず
彼らは化け物が出た後の流れを大まかに決めたらしい。
聞かされた概要は、こうだ。
まず、家具を片づけて、武器を思うように振るえるようにする。
化け物が出たら、全員でかかり、まず穴から引きずり出す。
その後は流れのままに行くしかないが、ただし。
必ず重い手傷は負わせると、それだけは絶対の事項だと彼らは言った。
考えてみればそうだ。
彼らがもし帰れたとして、祠が直るまでの期間、化け物は野放しだ。
その期間内に、もしとが襲われたとしたら、無事の保証はできない。
それを考えると、恐ろしい気持ちがわきあがってくるが
必ず、身を潜めていなければならないぐらいの傷は負わせると、
繰り返された言葉をは信じることにする。
怖がらない、化け物の思うようにはならない。
…そういう具合でつつがなく終わった話であったが
問題が一点。
テレビなどの電化製品は、さすがにそのまま野ざらしで
外に出すわけにはいかないという点である。
一応農家が使うような、ビニールの掘立小屋のような物置はあるけれど
梱包もせずにそのまま出したら使えなくなること必至だ。
即座にということなら諦めるが、テレビとかは出来れば梱包させてほしいとお願いをして
快く許可が得たので、梱包材を買いに行き、そこから家具を外に運び出す
実質実行については待ったをかけた状態だ。
早めにしてこないと、と考えつつも、日に日に増す『戦いの準備』に
否応なく緊張を感じる。
ただ、緊張してばかりもいられない。
まだいつも通り生活していればいいと、四人にもそう言われていることだし。
いつもどおりにしようと、は気持ちを切り替え
夕食後の幸村に、今日は団子を買ってきたのだと、みたらし団子を差し出す。
…本当はあんにしようかとも思ったのだが、粒あんとこしあんの仁義なき戦いが
始まってしまっても困る。
ということで、あん団子にはご遠慮いただいた。
目を輝かす幸村を待たせて、みたらし団子をオーブンで温めなおしつつお茶を入れる。
少し焦げ目の付いたみたらしと、湯気の立った煎茶の入った湯呑を
彼の目の前に置くと、かたじけない!と威勢のいい礼を言われた。
いつもながらに元気が良い。
礼儀正しくはきはきと、元気良く明るい。
幸村は、絵にかいたような体育会系の人だ。
しかしそれでも鬱陶しく感じないのは、
彼が部分部分で見せる頭のきれと
「あ」
時折見せるうっかりの部分のせいだろう。
十本買ってきたみたらしのうち、四本をあっという間に食べてしまった幸村が
最後の一本に手を伸ばす前に、は手で幸村を待ってと制する。
それにきょとんとした顔をしながら、素直に待つ幸村。
その頬にはべっとりとみたらしのたれがついていた。
子供みたいだと、はその様子を見て苦笑するが
それも彼がやると愛嬌になるのだから不思議だ。
人柄なのか顔なのか、両方なのか。
両方か。
「ほっぺたに、みたらしのたれがついてます、幸村さん」
声をかけてから、ティッシュだと紙がついてしまいそうなので
適当にタオルを出して頬をぬぐってやる。
すると幸村は叱られた犬のように表情をしゅんとさせて、ぱたりと視線を落とした。
「す、すまぬ」
「いいえ。でも駄目ですよ、こんなべったりつけるの外でやっちゃあ」
「うむ…出来るだけ外ではやらぬようには気をつけておるのですが
どうも家の中だとつい」
「いえまあ、家の中なら、いいんですけど。はい、とれました」
「…ちゃんってば、本当お母さんなんだからー」
たれのとれた幸村にそれを教えてやると同時に
後ろから聞こえてきた間延びした声は佐助だ。
…一旦は、俺様外行ってくると、下に降りて行ったはずなのに
どうやって背後に。
階段から来た時に、死角になるような場所がない位置には居たのだが
不思議と後ろにいる佐助に、首をひねるが気にしていても仕方がない。
それよりも、本当お母さんなんだから―とはどういうことだろう。
自分もおかんのくせをして。
他人にばかり注意できると思っているのか。
私がやらなかったら、佐助さんがしたでしょうにと
はよほど言ってやろうかとも思ったが
さらりとかわされそうな気もするので
「えぇ、はい。皆のお母さんです」
と、返しておく。
そしてそのまま頭上を見上げると、背後の佐助は何とも言えないような表情をして
こちらを見下ろしていた。
「…佐助さん、みたらしいります?」
「ううん、遠慮しとく」
ノーセンキューと言わんばかりに手を前に突き出して、しかし彼は
台所から湯呑をとってくると、急須からお茶をついで、どっかりと腰を下ろす。
「いやーしかし外は寒いねぇ」
「冬に寒く無くば、いつ寒がれというのだ。
大体、これしきの寒さで泣き言を言うなど、鍛錬が足りぬのではないか、佐助」
「やめて旦那。そうやって俺を自分の鍛錬に巻きこもうとしないで。
最近独眼竜の旦那がつきあってくれるようになってんだから、そっちに遊んでもらってよ」
俺は陰ながら見守ってるからという佐助の表情は、大分うんざりとしていた。
おそらく元居た武田の地では、ひっきりなしに鍛錬に付き合わされているに違いない。
このうんざりさ加減と、断りの慣れようはきっとそういうことだ。
ただ、幸村とこの佐助のやり取りはどこか、兄にかまってほしい弟と
それをあしらいながらも弟が可愛い兄のようで微笑ましい。
くすっと笑いを漏らすと、佐助になんで笑うかなぁと見とがめられ
はいえ、と笑いながら首を振る。
「仲が良いなぁと思っただけですよ、ただ」
「いやいや、そんなことな」
「うむ、もう古い付き合いになるからな、佐助」
「…旦那、俺が否定しようとしてたの聞いてた?」
「佐助が否定から入るのはいつものことではないか」
「忍びが主と仲いいですねって言われて、はいって答えると思ってんの?」
「答えれば良いではないか」
お茶を飲み、佐助を横目でとらえつつ言う幸村に、佐助が小刻みに横に手を振った。
いやいや、ということか。
言いたいことを正確に察知はしたが、はとりあえず黙っておく。
仲いいね、と言われて佐助が否定から入り、幸村が肯定するのはいつもの流れのようだ。
上司と部下というのは大変だと、自分から話題を振ったくせに
他人事のように思っただったが、このままにしておくのは佐助に対して忍びない。
「幸村さん、それよりおだんご食べちゃわないと、冷めて固くなりますよ」
「あ、おぉ、すまぬ殿!」
とりあえず、団子を餌に釣ってみると、見事に釣られてくれた。
実にお手軽な生きものである。
これでいいのだろうか、十七歳。
いいんだろうか、十七歳だから。
随分と可愛らしい様子にが幸村を危ぶんでいると、佐助があーと声を上げた。
「なんです?」
「いやね、見事だなぁって思って」
「それはどうも」
「さっきの旦那の世話の焼き具合と良いなんといい」
そこで言葉を切って佐助はを見つめ
「ちゃんが、武田にいてくれたら俺様だいぶ楽になるのに」
「え?」
思いもよらなかった言葉に、は眼を開く。
武田にいてくれたら良いって。
あの、佐助が!
散々っぱら人を疑ってきた佐助が!
冗談でもが武田にいてくれたら嬉しいと。
青天の霹靂、という言葉を体現したような出来事に、は感動に近い物を覚える。
そんなをよそに、佐助の言葉は続いて彼はしみじみと
「いやもうほんとに。旦那と大将があれやったあと、一緒に障子の張り替えとかしてくれそう。
旦那も抑えてくれそうだし。
旦那もそう思うでしょ?」
滔々と述べる佐助が幸村に話を振ると、彼は一つ瞬きをした。
そして、一瞬の沈黙ののち静かに口を開いて。
「俺も」
視線をまっすぐに合わせて。
「殿が、武田にいてくれたら嬉しいと思うが」
心底そう思っていることをこちら側に思い知らせるような声色で、彼は言った。
しかもの手をぎゅっと握るというおまけつきで。
ぱち、ぱち、っと二度瞬いて、それからは口説かれているようだと
のんきな感想を抱いた。
ようだ、というか、佐助はともかくとして幸村の
真剣な目で手を握りながら傍にいてくれれば嬉しいは
はたから見れば全く口説かれているのだが
はようだとつけて、ちらりと視線を握られた手にやり、それから幸村の顔を見る。
どうやら、この握っている手は無自覚らしい。
意識的に握っているにしては、あまりに彼の様子が平然としすぎている。
元々自分に対してはごく普通に接している幸村だが
身体接触はめったにしてこないし、ましてや以外に対しては破廉恥の国の人だ。
そんな彼が手を握って、ここまで平静でいられようはずもない。
はずもない、はず。
なんだか落ち着かない気持ちでは思うと、
ぐっと幸村に寄った。
「………殿?」
「いや、うん」
確認したい気持ちで、握られた手を逆に握り返して、
は幸村との距離を縮めてみる。
だってこのまんまじゃ落ち着かない。
何が?
何がかは、分からないけど。
思いながら、じりじり距離を詰めてみる。
じり。
じりじり。
じりじりじり。
にじり寄りながら距離を詰めて、こたつの隣角どうしに座っていた距離を
拳一つ分ほどにしてみると、ごく普通の肌色だった幸村の顔色が
薄桃になり桃になり赤になり、最後には真っ赤になって
「は、破廉恥ですぞ、殿ぉおおおおおお!!」
「あ、よかった」
顔を赤くして叫んだ幸村に安心感を覚えて、思わず安堵の息を吐くと
後ろでいままで黙っていた佐助がいやいや、と否定的に手を振る。
「いやいや、ちゃん。そこまで距離詰めたら旦那じゃなくてもびっくりするから。
みんなびっくりするから」
「え、あぁ、そうですね。…そうですか?」
幸村との距離を見比べて、それから佐助を見て、はふらっと立ち上がった。
何か考えてのことではない。
佐助さんもびっくりするのだろうかという、純粋な疑問に突き動かされての行動だ。
そしてその疑問のままに、佐助との距離を詰めてみようかとしていただったが
「え?」
がっしりと首が捕まえられて、歩行不能になる。
後ろを振り向けないので、眼だけで後ろを見ると、幸村ががっちりとの首を
猫でもつかむかのように捕まえていた。
「えぇと?」
「………?」
幸村に向かって、なぜ首を捕まえているのかという疑問を尋ねる代わりに
首をかしげて見せるが、逆に幸村のほうが大きく首をかしげた。
自分がなぜこんなことをしたのか分かっていない顔。
最近、幸村はこんな顔をしていることが多いような気がする。
なぜだろう。
ぼんやりと考えてみるが、答えが出るはずもない。
なんでだろう。
もう一度は思ったが、その問題の解は幸村自身でなく、
それについて考えてみたでもなく
第三者の立場に置かれてしまった佐助だけが得た。