本日の夕食。
ぶりの照り焼き。
肉じゃが。
冷やっこ。
ほうれん草の胡麻和え。
ご飯ですよーと、階下へ呼びかけると、佐助と幸村の返事が聞こえてきたが
小十郎との声は聞こえない。
呼びに行こうかどうしようか躊躇っていると、政宗が呼んでくると言い残して
階下へと降りて行った。
その姿を見送って、はエプロンで手の水気をぬぐいつつ台所へと戻る。
それにしても、緑のものがほしかったとはいえ、胡麻和えはいらなかっただろうか。
いや、でも皆良く食べるし…と、食事量の加減を
今更に考えていると後ろからふと
「今日の夕餉はなんでござるか、殿」
振りかえると、赤のパーカーを羽織った幸村が後ろに立っていた。
赤のパーカーにTシャツ、ズボン。
真冬にしては薄着の恰好だが、彼はいつもだ。
いくら言っても薄着が治らない。
風邪も今のところひく様子もないし、保護監督者である佐助も別段気にしていないようだから
これはこれで良いのだと思うが、気を抜いた瞬間に見ると、こちらが寒くなる。
ちょうど良く吹き込んできた隙間風に、手をこすり合わせながら
が答えようとすると、その前に幸村はの背後を覗き込んで
「和食でござるか」と、パッと顔を輝かせた。
和洋中、どれも食卓に上らせてみたが、やはり戦国武将たちは一番和食が好きらしい。
特別、洋食も中華も嫌いではないらしいが、箸のつけ具合が和食のときには少しだけ違う。
「今日は、ご飯と一緒に食べておいしいおかずが多いから、白ご飯多めに炊いてますからね」
「まことでござるか!」
「はい」
ここで、パッと顔が輝く辺りがさすがというか、なんというか。
大変に、分かりやすい。
幸村さんを捕まえたい人は、まず胃袋からつかめば楽なんじゃないかしら。
どうにも食に弱そうな彼を前に、詮無いことを考えていると
幸村がおや、という顔を浮かべた。
その視線の先へ、も顔を動かしてみると
窓の桟に置かれた花瓶に活けられた花があった。
幸村から貰った花だ。
「あそこに飾られたのか」
「えぇ」
微妙に気恥かしい気持ちに、何故かなりながら頷くと、そうか、と幸村が嬉しそうに笑う。
「飾っていただけたのか」
目を細めて、にこりと。
心底嬉しそうに。
その顔に、微かな、今までと違う何かが彼の浮かべた表情の中に混じっているのをは感じたが
それが何かまでは掴めず。
結局ただ、はい、ありがとうございます、と笑い返すのみに留まった。





返事をしなかった小十郎とだが、小十郎は集中して読書、は居眠りをしていたらしい。
「仕方ないですよ、本を読んでいるときには、聞こえない時ってありますよね」
「いや、すまんな。政宗さまも、わざわざ呼びに来ていただき」
「んなことでいちいち謝罪すんな小十郎。少しはを見習え」
「………どういう意味なの、それは」
落とし所にをいちいち持ってくるのは、いじりなのか
それとも小十郎の気を軽くしようとする気遣いなのか。
六、四ぐらいの比率だろうなと、はどうでもよく考えたが
しかしその弄り対象のは寝ぼけ眼で、いまいちキレがない。
「ねぇ…むい…」
「見ればわかる。しゃきっとした顔をしろ」
「…ねむい…」
ちゃん顔でも洗ってきたらどう?」
佐助に勧められるものの、はんーうん。という間延びした返事を返して
もそもそと食事を続ける。
それに、仕方ないなぁという顔で佐助が苦笑して、小十郎が眉間にしわを寄せ
幸村がを見ながらぱくっと肉じゃがを口に入れ、政宗があからさまなため息をつく。
実に和やかな団欒である。
ちゃん、今日は早くお風呂入って寝ちゃいなさいね」
「うん、分かった、お姉ちゃん」
まぁ、明日に支障が出ないように早めに寝かせつけようとする
の言葉に、素直にこくんと頷く
その様子は普段よりもさらに幼く見える。
一回昼寝をすると、普通に夜寝て朝起きるよりも眠いのは分かるのだけど。
思わずを除く全員で苦笑して彼女の様子を眺めていると
がふと、きょろきょろと食卓を見まわし、小十郎の前で視線を止めた。
「あー……小十郎さんお醤油とって」
そこそこ!と、身を前に乗り出し、指で醤油を指しただったが
そのはずみでぐらりと体が傾いだ。
そこですかさず小十郎が体を支え、事なきを得たが
あわや食事をひっくり返して大惨事になるところだった。
それを一瞬の間の後自覚したは、大きく胸をなでおろす。
「………あぶない…」
「………危ない、ですませるな。
ついててやるから、飯食ったらとっとと寝ろ」
「ん、うん。ありがとう、今の分も」
眉間に皺を寄せて言う小十郎と、頷いた
眼が合ったその瞬間、二人の空気が緩む。
それを見て、はおやおやと思うばかりだったが、他二名は違ったらしい。
佐助は一瞬手を止めて、政宗は素知らぬ顔をしながら面白そうな光を瞳に宿し
―そして同時にこちらをちらっと見た。
「…………」
だから、あなた達は人を何だと。
言いたいことは大体分かるが、何を思えというのだ
成人女性が成人男性と良い雰囲気になったところで。
黙ってが肉じゃがを口に運ぶと、佐助がもう一度目を合わせてきて
(いいの?)とアイコンタクトしてくる。
(特別なにも…あるわけないじゃありませんか)
(いや、俺様なんかあるかな、と)
(俺もあるんじゃねぇかと)
(ありませんよ)
…といった類の会話をおおむね目と目の意訳でこなし、は口の中の肉じゃがを咀嚼する。
昨日もこういった類のことがあったが、は成人している。
確かにのことを特別可愛く思っているし、世の中の姉妹よりも断然仲は良かろう。
だが、しかし。
その妹が自分の手を離れて、違う男性のところに行こうとしていたところで何をどうだと。
政宗と佐助の反応に、は首をひねるばかりだ。
どう反応しろとというのだ、どう。
求められている反応が分からない。
大体、に彼氏ができるのは初めてのことではないし。
も、歴代のうちの何人かにはあったことがある。
また、二人が気にしている理由がそこではなくて、片倉小十郎という男が
戦国時代の、しかも並行世界の人間だという事実が
と小十郎の二人の間に横たわっていたとして。
結ばれるのにはどちらかが残らないと行けなくて、小十郎が絶対に残らないという前提があったとしても。
…昨日も言ったけれども、別についていけばいい。
の我儘で、の幸せを邪魔するつもりもない。
ことは二人の問題だけではなくて、他にも色々と考えるべき点はあるのだろうけど
どうも、政宗のほうは二人がくっつくことに乗り気であるようだし。
上司が乗り気なのだから、問題も減ることが予想できる。
向こうに行って苦労するのは目に見えている。
と、普通の親兄弟なら反対するのかもしれないが、
そんなことが考えられないほど
うちの妹は馬鹿ではないと、は信じている。
もしも。
片倉子十郎という男と添い遂げたくて、あちらの世界に
自分から望んで行くのなら、覚悟を決めて、彼女は行く。
それなら、きちんと送り出すべきじゃないか、保護者として。
大体、娘はいつかお嫁に行って手を離れるものだもの。
寂しげに思ったの心中は、思いっきり母親である。
…………実際問題、政宗と佐助が、どうしてこうもの動向を気にかけるのかといえば
幸村との問題が勃発・解決した時の、と幸村の話し合いの際
が嫁に行くと聞いた途端、が見せた拒絶反応のせいなのだけど
そのあたりの反応の違いは、ここの姉妹の関係性にあると言えよう。
にとっては妹だけれど、娘のようなものであり
母は娘が嫁に行くのを寂しく思えど嫉妬などしない。
しかし、にとっては姉であると同時に母親代わりであり
…母が他人のものになるのにやきもちを焼かない娘は少ない、ということだ。
「……まったく」
聞こえないぐらいの小さな声で零してふと前を見ると
幸村が微妙な顔をして黙々と肉じゃがを食べていた。
一瞬味付けが口に合わなかったのかとも思ったが、観察しているとどうも違う。
どうも彼は『居心地』が悪いらしい。
彼の苦手な破廉恥の匂いがするが、微量で、出どころも分からないから叫びようもなく
けれどその匂いを敏感に感じ取り、落ち着かずにうろうろうろうろ。
まさに犬のように座り悪そうに視線をさまよわせながら
だが、なにがおかしいのかも分からず、はてなマークを顔に張り付け
一生懸命夕食を食べている幸村。
その表情にぷっと吹き出しかけただったが、あわててそれをごまかし
彼女も気を取り直して、夕食を再開する。
ぶりの照り焼きに箸をつけ、一口。
含んだところで佐助が、そうそうとに向かって声をかける。
「そういえばさ、ちゃん、お願いがあるんだけど」
「はい、何でしょう」
「あのさ、家具、持ち出させてくれない」
「…はぁ…えぇと、どういう、意味でしょうか」
「だからさ、あのテレビとか、ソファーとか、家具一式。家の外に出せない?」
爆弾投下。
突然の申し出に、せっかく再開した夕食を食べる手から、箸がからりと音をたてて落ちた。