殿は花はお好きだろうか」
「はい、割と」
車を停め、さて、これから家に入ろうかというところで幸村とかち合った。
山に行ってきたのだろう、靴が泥で汚れている彼に
ただいまと手をあげかけた所で、彼から唐突にそう言われて
はぱちくりと目を瞬かせながらも頷いた。
すると幸村はほっとした様子で、後ろ手にしていた手をのほうに差し出し
「そうか、ではこれを」
目の前に差し出されたのは白い花だった。
白の花弁の美しい花に、思わず心を和ませる。
セツブンソウだろうか。
に教えられたにわか知識しかないには、花の名前を断定できるほどの知識はない。
少しの間思いだそうとしただったが、名前など何でもいいかと思いなおして
差し出す幸村から、そっと花を受け取る。
「どうされたんですか、これ」
女性が苦手な幸村を気遣い、出来るだけ手が触れないように注意しつつ
花を受け取ったが問うと
「今日、山のふもとを歩いておったときに、咲いているのを見つけたのでござる。
慰めにでもなればと」
「ありがとうございます、幸村さん」
礼を言うと、幸村がいえ、と笑いを零す。
の様子を見て笑う少年の笑顔は、にとって特別好ましいものだった。
一時は関係すら危ぶまれた少年との仲が良好だということは
にとってはひどく嬉しい。
ありがとうございます、ともう一度言って貰った花へと視線を落とすと
幸村の頬が赤く色づく。
けれども、花ばかりに気がいっているはそれに気がつかず
ただ、嬉しくて目を細めた。





家の中に入ると、幸村は一旦服を着替えると言って自室へ戻っていた。
泥があちこちについて服を見るに
彼は花を山のふもとで摘んだと言ったが
山の中に入ったついでにふもとまで行ったのだろう。
そろそろクマ狩りイノシシ狩りも終わるからいいけれども。
なんとなくそれが分かっていて行ったのだろうことは、予想がつくので
とりあえず、幸村へのお小言は言わないことにする。
一番最年少の十七歳だが、案外しっかりしているのだ、幸村も。
まぁ、言動がたまに若いのは可愛げよねぇ。
と、年齢よりか、もう少し古めの思考をしているは、ただいま絶賛花瓶捜索中だ。
台所にある戸棚の辺りにしまってあるはずと漁っているが
なかなか見つからない。
場所を間違えているだろうか。
いやいや、ここ以外に場所は無いはずと懸命に探していると
ふと人の気配がしてはそちらのほうを向く。
そこには政宗の姿があった。
「茶を貰うぜ」
「あぁ、どうぞ」
勝手知ったるというかなんというか。
コップを戸棚から勝手に出して、冷蔵庫からお茶を注ぐ政宗の動作は滑らかで淀みない。
昨日も思ったことだが、馴染んでいるなぁと素直な感想を抱いていると
政宗はこちらのほうを見て片眉を上げる。
「あんた」
「はい?」
「あんま一人でうだうだやんな。誰かに声をかけろよ。Do you understand?」
一拍遅れて、あまり一人で行動するなとたしなめられたのだと気がつく。
全くその通りだ。
「すいません」
だから素直に謝ると、政宗は右手をひらひらと振る。
「あんまりそう素直にやられると困るぜ。俺が悪いみたいじゃねぇか」
「ふふ、そうじゃないんですけどね」
佐助とはまた趣の異なった軽さの青年に笑いを見せて
花を貰ったんですよ、とは話しかける。
「花?」
「そうです。なんで、花瓶を探してたんです。…すぐ見つかると思ったんですけど」
「Are not you found?(見つからない?)」
「Yes」
英語で問われたから、英語で返してやると政宗は満足そうに頷く。
…戦国時代に生きている彼が、なぜこんなに流暢に英語をしゃべれるのか。
最初のころは首をひねっただったが、並行世界ということが発覚してからというもの
不思議なことはすべて、並行世界だから。で受け流すことと決めた。
むしろあんな、武器から炎だの雷を出している時点で、色々捨てねばならぬだろう。
しかしそれにしても花瓶がない。
一つ隣の戸棚だっただろうか。と思いながら移動すると
傍についていてくれるつもりらしい政宗が
「しかし花を貰うなんざ、あんたも隅にゃおけねぇな、花ってこれか?」
耳に届く明らかにからかう声に、この青年はこちらが年上と分かっていて
やっているのだろうかと思っただったが
多分分かっているのだろうなとすぐに思い直して苦笑する。
仕方がないという気持ちで浮かべた苦笑の表情のまま、政宗のほうを見ると
彼は面白そうに貰った花を眺めていた。
それにしても隅に置けないとは。
「…それ、くれたの幸村さんですよ」
「…What?」
「だから、隅に置くとか置かないとか」
「そういう話だろ」
言おうとした言葉は途中で否定される。
にやりと笑った政宗に、あ、ごまかしておくべきだったとが考えたのもつかの間。
隣の戸棚を探った途端、こつりと指先に固い感触が当たり
それを引っ張り出すと、ガラス製の花瓶が手の中に収まっていた。
「ふぅん、それにしても、真田がな」
花瓶を洗っていると、政宗のつぶやきが聞こえる。
意外そうな声に、少しだけ視線を走らせるが、表情はどこかそれを予想していたようなものだった。
その表情に落ち着かないものを覚えながらも、は黙って花瓶に水を入れ花を活ける。
こちらを見てくる政宗の表情は面白そうに歪んでいて、
こういう時にはあまり良くない人だなと、は改めて思う。
…それにしてもここ数日、政宗とのエンカウント率がやけに高い。
前は、と何は無くてもじゃれあっていたような気がするのだが。
と、そこまで思考を走らせてから、とあるところにぶち当たっては頭をかいた。
「…政宗さんって」
「ん?」
「いえ、なんでも。…じゃあ、そろそろご飯作りますね」
「あぁ」
のごまかしに怪訝な顔をした政宗だったが、そこまで追求することでもないと判断したらしく
おとなしく冷蔵庫にもたれている。
それに強く、は胸をなでおろした。
大分仲も砕けてきたとはいえ、まさかまさか。
と小十郎さんが良い仲になりそうだからといって遠慮するなんて
おまけに幸村さんと私の仲を疑ってにやにやするって、そんな女子校生的な…。
とは本人を前に言うことでもなかろう。
誤魔化されてくれて良かった。
とは違う聡明さ…もとい危機回避能力を見せながら
は黙ってまな板を出し、夕御飯の調理を開始するのであった。












(それにしても、これを相手に『そう』とは、真田幸村は大物だな)
夕食を調理する姿は、姉もしく一足とびに母。
真田幸村、猿飛佐助、自分や小十郎をあしらう姿も姉もしく母。
政宗は、女など相手には、露一つとして感じたことのない。
そんな彼女相手に初めての恋をするなど、やはり真田幸村は常人ではないと
政宗は夕食を作るの姿を見ながら
そう思っていたのだが、こちらもこちらで本人に漏らすことなく
黙って彼女が夕食作りを終えるのを待った。