一つ、壊れた祠に封じられていた妖と、出没する混沌色の穴の主は同一であること。
二つ、祠を修繕すればおそらく混沌色の穴の主は封印できるであろうこと。
三つ、ただし、帰れる方法については、何一つとして分からないこと。

以上、三点が今回の外出で得られた情報である。
今まで遅々として進まなかったのだから、これだけでも大変な収穫なのではあるが
手放しに喜ぶことはできない。
何故?
並行世界からの来訪者たちを、元の世界に戻す方法が何一つとして分からないからである。
「まぁ、予想はしていたがな」
家の居間に集まって、得てきた情報の報告をがすると
床に座り込んだ政宗が手を組んで静かに言った。
その表情からは、動揺を伺うことはできない。
だが、動揺していないのとは違う。
ただ、彼の立場上その感情を表に出せないだけだ。
は眼を伏せ、自分の膝を凝視する。
封じる、よりも帰せる方が見つかってくれたほうが、良かったんだけど。
思って、だがこれも口には出さない。
言っても仕方がないことは、言わないほうが良い。
代わりに、失意に気がつかれないように
一度固く目をつむって開くと、と目が合う。
珍しくも薄暗い表情の彼女は、しかしと眼が合った瞬間
平静を装った顔に、表情を変化させた。
それを見て、一層が表情を引き締め、何か言おうと頭を探っていると
「もう、これは次に化け物が出てきたときに、あれを引きずり出して
どうにかするしかないね」
その前に、きっぱりと、佐助が発言した。
主や伊達主従を置いて、彼が主導権を握るというのは珍しく
それより更に、事実上のノープラン宣言を、よりによって彼がしたことには驚きを隠さず浮かべる。
確実性を求める彼が、これだけの発言をしたということは
もう、ようするにお手上げということだ。
………仕方ないことなんだけど。
ここに居るメンツは、スピリチュアルな関係が得意というわけではない(逆に得意な人種というのもあれだが)
そんな人間たちが、手がかりもなしに膝を突き合わせていたところで
ノープラン以外の何かを選択できるわけもない。
もう一度仕方ないと思って、他の面々の顔を見渡すと
彼らも一様に、仕方なしと覚悟を決めた表情で視線を鋭くさせていた。
覚悟を決めて落ちた、一瞬の沈黙。
それを破ったのは、真田幸村であった。
「しかし佐助、それはこの間となんら変わりないのではないのか」
「『どうにか』の計画を立てろってこと?」
もっともな発言をする幸村の言葉に、難しい顔をして考え込む佐助。
対して伊達主従は彼の発言に対して深く頷く。
「Ah-真田の言うとおりだな。この間のあれは、無しだ」
「決めるべきは、武器の携帯と事が起こった時の二人の防衛について、か」
「家の中なら、何をどうしてくれてもいいけど」
唸る武将たちにが控えめに発言するが、考えるべき議題はそうそう容易いものではない。
どのぐらいのことが出来るのか、まったく未知数の相手相手に、向こうからのタイミングで
不確定に襲撃を仕掛けられるのをかわし、あまつさえ『どうにか』しなければならないのだから。
だからこその佐助の難しい顔。
せめて、こちら側を気にしなくていいようにはしたいんだけど。
を気にしなくていいようにすれば、大分楽になるはず。
そう思っただったが、気にしなくていいようにとはいっても
混沌色の穴は、どこにでも現れるし、どうすれば安全圏にいられるものか
皆目見当もつかない。
要するに八方ふさがり。
行き当たりばったりでどうにかするより他ないのだろうか。
諸手を挙げて敗北宣言。にも等しいそれを受け入れ難く思って
眉間にしわを寄せると、同じようなことを考えていたらしいと目が合う。
どうにかできる?
無言で問われて、は首を傾けることで答える。
…だから、スピリチュアルな方面はは得意ではないのだって。
知識もないし、興味もない。
が、しかし、今からでもインターネットや何やらで調べて対処をとるぐらいは出来るか。
有効な対処があるかどうかは別だけど。
実力行使部分に関しては、素人考えを口に出すべきでなし
戦国武将たちに一任して、図書館だとか、インターネットだとか
現代の知識を動員して『そういった方面』の知識を収集するところから始めるべきか。
…本来ならば、彼らがこちらに来た時点でやっておくべきことだったが
思いつかなかったものは仕方がない。
あの化け物に対しては調べたけれど、対処法に関しては全く考え付きもしなかった
もっと早く思いついていればと悔やみながら、が考え付いたことを
言っておこうと口を開きかけたその時。
ぞくり、と背が震えた。
覚えのある感覚に目を見開き、急いでは立ち上がる。
他もまた、同様の感覚を覚えていたようで、全員が身構え終わったところで
ぽとり。
食卓に、赤い、赤い血が一滴落ちた。
二滴、三滴。
滴り落ちる血の滴が、あっという間に血だまりになると
見る間にそれを、大きく口をあけた混沌色の穴が飲み込む。
やにわに臨戦態勢に入る真田、伊達主従だったが、しかし、彼らを嘲笑うかのように
穴はあっという間に閉じ、そして。
天井からゆっくりとした速度で、生首が落ちた。
目を見開き苦悶の表情を浮かべた男の首が、どすんっと重たい音を立てて
食卓に乗り、一度、二度、跳ねて、同様に、穴に吸い込まれて消える。
それから先は、何もない。
ただ沈黙と、刺々しい殺気が部屋を満たすだけ。
誰も、何も言わなかった。
も生首を見ても悲鳴を上げなかった。
否、あげられなかったというべきか。
そういう予感はあったにしろ、落ちてきた生首は、テレビニュースで見た
自分たちの両親を間接的に殺した男の顔をしていた。
あぁ、やっぱり・殺されてたんだ。
がまず最初に思ったのはそれで、次に思ったのは、これは挑発なのだな、ということだった。
生意気にも竜伏寺に行き、自分を封印する方法を探り当て、
帰る算段を立てようとする矮小な人間たちに対する穴の主の挑発である。
どうにかできる?
それこそが思いあがりだ。
そう嘲笑いたくての行為だと直感的に思って、はぎりっと歯を食いしばる。
なんて、腹立たしい。
自分が圧倒的優位に立っていると、確信してやまない顕示行為。
だからこそ、その健児行為に使われた死人の頭には恐怖よりも怒りを先に覚え、
は恐怖の声を押し殺したのだ。
誰がお前のそれに叫んでなどやるものか。
思い通りに恐怖するなど冗談じゃない。
「ふざけやがって」
押し殺した小十郎の声は、その場にいた全員の気持ちを代弁していた。