昼食は、思ったほどの騒動はおきなかった。
やが質問ぜめにあう前に、竹内と杉本が教えた内容を触れ回ったからだ。
それが、親切心から来るものなのか、それとも知った情報を教えまわって騒ぎたいのか
定かではなかったが、たちにはありがたいことに違いなかった。
それでもなんやかんやと詮索にあい、精神的な疲労は、溜まったのだが。
「本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
玄関で、最後の一客を送り出し、とは下げていた頭を上げる。
「……ふー…終わったね」
「………ううん。まだ」
四十九日が終わったことに安堵の息を漏らす妹に、は首を横に振る。
「まぁ、そりゃあ洗い物とか四人のお迎えとか残ってるけど」
「……………違うの。…話は皆揃ってからするから。
とりあえず、迎えに行きましょう」
話す暇がなくて、にはまだ喋っていない手がかりだが
面子が揃ってからの方が、説明するのに良いのかもしれない。
首を傾げるを促しながら、は玄関先の靴箱に置いた車のキーを手に取った。
「……………真でござるなら、それは」
「はい、おそらく、その妖怪があの化け物と同じと考えてよいかと」
六人が乗った車の中は、張り詰めた空気で満たされていた。
説明するのに、二台にわかれるわけにもいかず、渋るを押し切って
車一台で四人を迎えにあがり、知った事実を説明しての、この空気である。
熱を帯びた幸村の言葉に頷きで答えて、はちらりと横とルームミラーに視線を走らせる。
車中の誰も彼もが一様に真剣な顔をして、何事かを考え込んでいる。
「………話を聞いた二人は、あまり詳しい様子でもなかったのですが」
「それでも、初めての有力な情報でしょ」
鼻を押さえるように顔の前で指先をあわせながら、佐助が言う。
「神隠しをする妖怪ね、まんまだ」
「それで、その寺には行くのか?」
「はい、これから」
小十郎の問に、即座に肯定を返す。
言うことを聞かない子供への脅し文句以上の何かを、竹内も杉本も知っているようには見えなかった。
昼食のときに、聞いて回っても良かったが、おそらく知った以上の情報が得られることはまずないだろう。
それよりかは、直接竜伏寺へ行き、住職にでも話を聞いたほうが、早い。
もう少しは詳しい情報も聞けるだろうし、…祠も見ておきたいし。
鉄は熱いうちに打つべき。
なら、こういうものも、早くにやるべき。
いつ何時何が起きるか、分からないのだから。
化け物の穴に襲われたの姿を思い出しながら、は険しい表情を浮かべた。
それにしても。
神隠しを行っていた化け物。
その化け物を封じていたという祠が壊され、その後で諸々の出来事が起こった。
結び付けて考えて、無理は無いように思えるが
ただ、不思議なのは、どうして[こちら]から幸村や政宗たちの居た[あちら]へではなく
[あちら]から[こちら]なのか、ということ。
その辺りも、話を聞いて解決すれば進展が早いのだけど。
無理かしらね、と考えながら、は車を走らせ続けた。
飛び出し注意の看板を目印に、車を道路脇に停める。
ゆっくりと車体を止まらせた車から降りると、辺りは夕暮れに包まれていた。
「…もう、夕方」
ぽつりと呟いて空を見上げると、赤い空が一面に広がっている。
それに、頭の中で何かが引っかかって、空を見つめ続けていると
向こうから
「お姉ちゃん」
の声がしてははっと、そちらへと視線を向けた。
「どうかしたの、お姉ちゃん」
「なんでもないの、ごめんなさい」
何を、思い出しかけたのだろうかと、頭の中で引っかかったものを考えながら
山の方へ向かおうとしているほかの面々の下へと歩み寄る。
「それで、これからどうするんだ。
手分けして祠と寺と、いっぺんにすませるか?それとも」
「安全面を考えれば、一緒に居た方がいいけどね」
「えぇ。そうですね…先にお寺に行きましょう」
政宗と佐助の問に答えながら、階段を探していると
あそこだと、小十郎がすっと山側を指差す。
そこを覗き込んでみると、背の高い草に埋もれかけた階段が見えた。
「じゃあ、行こっか」
明るいの声に促されながら、全員で階段を上り始める。
「結構遠いですね」
上を見上げても、石段は長く続いていて寺の門は遠くに見えた。
運動不足の身には堪えるな。
デスクワークばかりで、運動もろくにしていないの体力は
年齢平均よりも下だ。
…しかし、まぁばてるほどではあるまい。
足を動かし、全員言葉少なく石段を登る。
それにしても。
これであの化け物について何かわかって、四人が帰れるようになったとしたら
やはりと二人に戻るわけで。
当面は、寂しいかもしれない。
…寂しいと、言い切らないのは、そういってしまえばつらいからで
曖昧に濁すことで逃げ道を作っているだけだ。
一ヶ月。
長かったような短かったような。
いや、違うか。
もう、完全に終わる気でいる自分にくすりと、は自嘲の笑みを浮かべた。
まだ、手がかりが手に入ると決まったわけでも、なんとかなると分かったわけでもない。
未確定な状態で、気を楽にしていると、ぬか喜びだったときにしんどい。
臆病と紙一重の慎重さで、はふと上を見て
「え」
声を漏らした。
その声に、も幸村も佐助も政宗も小十郎も、皆、足を止める。
しかしそれに構っていられないぐらいに、は打ちのめされていた。
急いで後ろを振り返る。
後ろには、登ってきた石段が見える。
結構歩いてきたようで、地面が遠い。
そう、ならば、何故。
は混乱する頭で、もう一度山頂の方へと目を向ける。
頂よりもまだ手前側に、寺の、山門が見える。
立派な山門だ。
目指している場所でそれは最初、見上げたときと変わらずそこにある。
それはいい。
それは、いい。
だが、その大きさが、最初に見上げたとき、石段を一つも登っていないときに見たときと
一 つ も 変わっていないのは気のせいなのか?
記憶を手繰り寄せて、大きさを比較する。
変わっていないように思える。
「佐助さん」
「………どうかした」
「………お寺、大きさ、最初と比較して近づいて、ますか?」
一番そういう事に過敏そうな、佐助に声をかけると
彼は視線を上に上げ、一秒、考えてから顔色を変えた。
「旦那達、ちゃんたちのことみてて!」
言うが否や、佐助の姿がふっと消える。
いや、消えたように見えたのは一瞬で、彼は凄まじい速さで移動して
あっというまに視界から遠ざかってゆく。
「どうしたでござるか」
「いえ、お寺が」
幸村の問に答えようとすると、ひゅうと、風が吹いた。
やけに生暖かい不快な風に、が眉をしかめると、「何で」というかすかな声が耳に入る。
………聞き覚えのある声に顔をそちらに向けようとすると、
こんどはごうっと突風が吹き荒れる。
目も開けていられない様な強風の中、上に一目散に上がったはずの
戻ってきてなどいないはずの、佐助のオレンジ色の髪を
の目は視認した。