「」
「あ、お姉ちゃん」
少し様子を見てくると、手伝いの二方に声をかけ、は階段を使って二階へあがった。
上がってすぐの居間を、律儀に片付けていたに声をかけると、彼女は犬のように駆け寄ってくる。
「どんな感じ?」
「やっぱり、興味津々みたい」
その答えに、はあぁと、遠い目をして微かな声を漏らす。
「放っておいてくれれば良いのに…」
「そうもいかないんでしょう、多分」
人と人が狭い地域で密集して暮らすのだから、多少の干渉があるのは仕方ない。
それが閉鎖地域であるならば、余計に。
諦めの色強く諭すと、はそりゃそうなんだろうけどさぁと、納得いかなげな顔をした。
気持ちは分からなくも無いけれど。
実際、居るのだし、彼女達は気になっているのだし、自分達はこれからもこの家で暮らす予定なのだから
「…仕方ないのよ、ちゃん」
「………頑張る」
というか、余計なこと言わずにお姉ちゃんにふるからと、
返された答えは事実上の白旗宣言だった。
…味方が一人減りました。
………そもそも、居なかったのかもしれません。
声をかけた結果は良かったのか悪かったのか。
事実上の孤立無援状態に陥ったは、大幅にモチベーションを下げながら階段を下る。
元から、0.5人分ぐらいの計算ではあったのだけれど。
妹の口の立たなさには定評がある。
いや、悪口とかそういう方面では達者なのだが、
卒なく、また円満におさめるという方面においては、彼女は破壊者であった。
………迷い無く振るって言われて、むしろ良かったのかもしれない。
の起こしてきた数々の揉め事を思い返しながら
ご近所づきあいがなくなっても、それはそれで良いんだけどと思いつつ
一階の洋室の前に立つ。
がちゃりと、押し戸を開けると、背を向けて作業している
竹内と杉本の声が耳に入った。
「そういや、祠さんも壊れちゃってるんでしょ?」
「あぁいやねぇ…」
手伝いをしながらやかましく喋る内容に、は思わず後ろから声をかけた。
「あの、壊れてるって、何がですか?」
勢い良く、振り返り、かしましく喋っていた女二人は
顔を見合わせ、揃って言いにくそうに、口ごもる。
…不思議そうに、首を傾げてやると、そこでやっと竹内のほうが、重い口を開いた。
「あぁ………なんていうか、その…事故の前にね」
「あの犯人がその…だいぶ前のところにあった祠にも、車当てて壊しちゃってるみたいでね」
事件のことに触れるからか、若干気まずげな様子を漂わせながら竹内と杉本は喋る。
「……あの、その祠って、神様とか祀られてたんですか?」
何故だか、この話むしょうに気になる。
勘を信じて更に問いを重ねると、女性達は揃って首を傾げた。
「いやぁ、なんだっけ。ほら、あれ。よく昔は脅されてたじゃない」
「あのーなまはげじゃなくて…」
「ここ東北じゃないわよ」
「いやでもそういう感じの……なんか、知らない場所に連れてかれるとか」
「そうそう…なに…なんたら隠し」
曖昧な記憶をたどっているのか、答えが出ているも同然のところで
二人して腕を組んで考え込む。
しかし、は話の内容に、どくりと心臓を跳ねさせた。
……答えは、出ている。
一ヶ月前、この家で暮らしている何人かがあったこと。
人が、忽然と消えて、伝承のうちのいくつかでは
どこか知らない場所に放り出されることもある、それの名は。
「神、隠し?」
震えないようにしながら吐き出した言葉に、目の前の二人はぱっと顔を明るくした。
「そうそう。若いのによく知ってるね。そうなのよ、神隠しをする妖怪が
封印されてるって話の祠なの。
昔はよく、悪いことしてたら連れてかれるぞーって脅されてたのよね」
「そうなのよ。わたしらぐらいの年代なら、みんなねぇ。
最近はそんな子供だまし言わないけど」
和やかに笑いあう二人を余所に、は掌を無意味に閉じ開き、気を紛らせた。
そうでもしないと、やっぱり!と叫びかねなかったからだ。
心臓がバクバクと音を立てる。
この間感じた予感は正しかった。
事故と神隠しは繋がっている。
でも、どうしてそれならあの時、何も手がかりがつかめなかったのか。
この間、発見していれば、彼らをもう帰せていたかもしれなかったのに。
ぐるぐると思考が回る。
祠って、どこ。
口を開きかけたを遮る様に、杉本がふと、何かを思いついたような
顔をして口を開いた。
「あのー事故のあった場所の手前に、お寺あるでしょ、竜伏寺っていう」
杉本の問いかけに、記憶をたぐる。
が、思い出せる限りの記憶には、そんな寺の存在はなかった。
「…ありましたっけ?」
首を傾げる。
すると、竹内と杉本は顔を見合わせて、仕方がないわねぇと言うような表情を浮かべた。
「まぁ、若い人はお寺さんとか、あんまり関係ないものね。
ちょっと山の方に入るから、分かりにくいかもしれないけどあるのよ
飛び出し注意の看板のところを、上がっていくんだけど
あ、祠もそこの道端にあったのよ」
「…あぁ」
言われて見つからないはずだと納得する。
その場所は、車を停めた場所よりも、大分手前だ。
行き道も注意するべきだったと、舌打ちしたい気分でいるを他所に
竹内は話を続ける。
「その竜伏寺っていうのがねぇ。
昔今さっき言ってた神隠しどうこうの妖怪が
この辺で暴れまわってたときに、一人の僧侶が現れて
えいやってその妖怪を退治しちゃったらしいのよ。
それを喜んだ昔のこの辺の人が、その僧侶にお寺建ててあげて
そのお寺が竜伏寺さんで、その僧侶が竜伏寺さんの住職のご先祖様なんだけど」
「あぁ、あれね。あれなのよ、あなた。
その竜伏寺さんが管理してた祠なのよ、壊されちゃった祠って」
「それでね、さん」
杉本は、手をはたはたと振った。
まだ、何かあるのだろうか。
一番最初の、有力な、解決の糸口になる手がかりを得た興奮のまま
は身を乗り出して女の話に耳を傾け
「管理してるのはそっちのくせに、
竜伏寺さんってば、修繕費用出さないっていうのよあなた」
「………………………………………………はぁ…」
………がくんっとしゃがみこみたい衝動を押さえ込みながら
なんとかは相槌を打った。
えぇと…。えぇと…。
声を潜め、さも大変なことを話す口ぶりで、竹内はの方へ顔を寄せる。
「お金がないから直せませんって。
町内会からなんぼかお金出して欲しいって」
「こっちだってかつかつでやってんのにねぇ。
公会堂も直さないといけないし、そんなところにお金かけられないのよ。
で、そういうことはしませんって書名集めてるの。
あとでサインしてくれる?」
「は、はぁ…」
…はぁとしか、言いようがなかった
……手がかりの続きだと思っていたのに。
肩透かしを食らった気分だが、そもそも、ただの世間話が
こちらにとって有力な情報だっただけだ。
世間話の続きが、ただの世間話だったからといって
期待はずれだと思うのは、こちら側の勝手な感情に過ぎない。
は無言で気分を立て直すと、えぇはい、じゃあ後でと
女達に愛想良く無難な返事をした。