そうやって抱かれ続けていれば、体も変わる。
二十も超えて久しいというのに、いっそ少年の様であった義子の体が
女らしい丸みを帯びるのに、そう時間はかからなかった。
そうして、義子が変われば周囲もまた変わる。
以前は町に出ると、よう坊主!と声をかけられたというのに
近頃はそうでなく、嫌な視線を投げかけられる。
「…………」
官兵衛と連れだって町に出た義子は、少し別方向に見たいものがあるからと
別れてからこっち投げかけられ続ける視線に辟易としていた。
…付けられている。
どうにも怪しい三人に、義子は付けられていた。
良からぬものかとも最初は思ったが、けれどそれにしては
歩き方からなにからなにまで素人すぎる。
どうということもない、ただの柄の悪い若者たちであると
義子が結論付けるのには、そう時間はかからなかった。
そうすると、構ってやる義理もない。
無視して買い物を続けていると、なぁ、と声をかけられる。
振り向いてそちらを見ると、そこには義子をずっと付けていた三人組が
にやついた笑みを浮かべて立っていた。
「何か」
「いや、何かじゃなくてさ。小さくて可愛いね、あんた。
さっき見かけた時からそう思ってて」
「それで、思ってつけていたと。卿が言いたいのはそう言うことか」
思っていてだからどうだというのだ。
冷たくそう義子が切り返す前に、義子が返そうとした声よりも尚冷えた声が背後からした。
…官兵衛だ。
丁度いい時に現れたものだと思いながら、背後に立った彼に
どうかしましたかと聞くと、見かけただけだと返される。
そうして、再び目の前の男たちへと視線を戻せば
彼らは酷薄そうな雰囲気の男の登場に気圧されているようであった。
三対一だというのに、不甲斐ないことだ。
本当は三対二なのだけれども、自分は確実に声をかけてきた男たちの中では
物の数に入っていないだろうことを考慮して思って
それから義子はふぅとため息をつく。
まったく背丈がもう少し伸びていればこういう輩にも
少しは声をかけられなかっただろうに。
どうにも幼児愛好家に声をかけられやすい自分の姿かたちは
義子の中でも最も不満な個所である。
それについて考えて、せめて甲斐姫ぐらい身長があったならばなぁと
考えているうちに、いつのまにか声をかけてきた男どもの姿は無かった。
「…あれ」
「あれではない。なにをぼうっとしていた。気を抜くな」
「あぁ、すいません。ちょっと自分の身長について悩んでいたものですから。
それで、あの人たちは?」
「見ていただけだというのに、いずこかへと消えた。
愚物も愚物過ぎれば物珍しいことだ」
既定的過ぎていっそ面白いと暗に言っている官兵衛は
義子を見下ろして「気をつけることだ」と一言言う。
「気をつける。なににですか」
「前と後では体が違うものだ。男にはそれが分かる。
そう言う話を卿にしている」
とんっと胸をつかれて、何のことを官兵衛が言っているのか
思い当った義子は眉間に思い切り皺を寄せた。
自分でやっておいてその言い草はどうなのだ、と思ったからだ。
まぁでもけれど、この黒田官兵衛がそういう忠告を寄こすということ自体が
物珍しいことであるから。
それだけでも十分な譲歩なのだろうと思っていると
官兵衛は先ほどと同じように義子を見下ろして、ふっと嫌な笑みを浮かべる。
「まぁ、せいぜい注意してもらいたいものだな。
私にしたように、簡単に体を開かれては困る」
皮肉気な物言い。
その内容に、義子は男の顔を見ながら、ぱちぱちと目を瞬かせた。
…何を言っているんだこいつ。
「意味のわからないことを言わないで欲しいのですけれども。
なんで私が他の人間に体を開かねばならないのですか。
あなた以外にそれをする理由も、必要も、意味もないでしょう」
全くあきれることを言う男だ。
大体が、義子がそこいらの人間に、そういうことをされるとでも思っているのか。
自分の意思でない限りは、義子は一般人には決して負けない。
武器なしでも、だ。
だから、官兵衛以外に体を開くことは、絶対にないと断言できる。
そういう気持ちでもって彼にそう言うと、官兵衛は
僅かに目を開いた後、そうか。とぽつりと返した。
それに、そう。と頷く義子は気がついていない。
自分の言葉の意味も、理由も、それがすぐにするりとでることが
どういうことを示しているのかも。
そう言う意味で、彼女は官兵衛と似合いの愚か者で
けれども彼女自身は、全くそれに気がつかず
さて帰りますか?と官兵衛に向かって微笑みながら首をかしげて見せるのだった。