「あなたが私の母さま?」
「貴女が僕の母上か」


遠呂智によって支配されていた間の状態を把握するため
古志城に留まっていた三国、二つの日の本の面々。
そうしてその中には、姉妹の姿もあった。
と、言っても姉妹の仕事と言うのはほぼ無い。
同じように余り仕事のない、お市だとか須賀乃だとかと仲良く過ごしつつ
夫をいたわる日々を過ごす姉妹の元に、現れたのは二人の子供。
久子を母と呼ぶのは、利発そうな少年で
籐子を母と呼ぶのは、可愛らしい少女。



「え、浮気…?」
「いつ、どこにそんな暇があったんですか、仰ってくださいな、佐助さん!」
「あ、だよな。懐妊すらまだなのに。
ていうか、そもそも浮気しようにも片時も旦那が手放したことが」
「セクシャルハラスメント、佐助!」
「せくしゃるはらすめんとー」
「おい、春。僕らによって母上がたにあらぬ嫌疑がかけられているというに
そのようにはしゃぐな」
「せくしゃるはらすめんとー!」
「………僕が、おかしいのか?それとも春、お前が年相応なのか…?どちらだ」
「その言い方だと、お前がおかしいことにしかならねえぞ、坊主」
政宗のもっともな突っ込みに対し、冬之助と名乗った少年は
自覚しておりますので、と可愛く無く肩をすくめた。
その可愛げのなさに、どことなく政宗は、この少年が久子の子供と言うのは間違い無かろうと直感をした。
ただ、真田幸村の要素と言うのは、微塵も感じられなかったが。
けれども春という少女にしてもそうで、籐子に似ているといえば似ているが
小十郎の面影と言うのは欠片も無い。
……………さて、な。
人の心が移ろいやすいとは言え、別れる切れるなど
二組の結びつきを見ていればあるはずがない。
…未来で何かあるってのか?
そこまで考えて、政宗はこの子供たちが嘘をついているという可能性について
考えておらぬ自分に気がつき、眉をしかめる。
こんなくそ怪しい話を信じかけてるなんざ、どうかしてるぜ、伊達政宗。



けれども、子供たちが馴染むのはあっという間であった。

古志城の庭をかけずり回る冬之助と春を暖かな目で見守るのは
武田組、奥州組、それから浅井組である。
「冬之助も春も楽しそう………子供、可愛い」
「お市様、それは長政様にねだるべきですね!」
「私の目の前でそれを言うか、須賀乃。悪と認定するぞ」
「いやぁ。はっはっはっ。可愛いお市様の呟きを
私が拾い逃すわけがないじゃあないですか、長政様。
私のお給金は長政様より出ていますが、私の主はお市様ですよ」
「………貴様のそれを、私は忠義であると褒めるべきか
それとも悪であると切り捨てるべきか…どちらだ…」
浅井長政の呟きは深い悩みを孕んでいて、その下らなさに
久子は思わず苦笑いを隠しきれなかった。
あそこは平和だ。
そして、こちらも。
「母上!」
駆けてくる子供。
ぽーんと、自分めがけて抱きついてくる子供を抱きとめるのにも慣れた。
そうして、「父上」
そう言って、冬之助が幸村にきらきらした目を向けるのに
幸村の方も慣れた様子で、彼は「お前は元気で良い」と嬉しげに笑いながら冬之助の頭を撫でる。
その視界の端で、籐子が春に飛びつかれて転んで、それから親子で声を上げて笑っているのが見えて
それに全員が、微笑ましげな表情を浮かべた。



―どうして、子供たちを受け入れてしまっているのかなど
忘れ去ってしまって、霞みがかったように、考えられないのにも気がつかずに。




―とある冬と春の話―