「だからさー。官兵衛殿は年上に対して
もうちょっと敬いの心を持った方が良いんじゃないの?」
「敬い…?」
「え、半兵衛。それはとりもなおさず、私も敬ってくれるということで良いのかな」
「え、何でですか、元就公」
「え」
「え」
「……………義子姫」
「お願いですから、私をまきこもうとしないでください、官兵衛殿」
遠呂智の居城にて、仕方なく内政をしている組の内
軍師三人と、軍師補欠姫はなんとなく仲が良い。
そこに、大陸東側に位置する東の毛利元就と、竹中半兵衛
もしくは大陸西側、義子たちの元々居た日の本の石田三成が混じることもあるのだけれど
今この時は、四人で寄り集まって団子を和やかに食べていた。
……はずだったのだけれど、ねぇ。
「半兵衛、私は一応君たちよりもずっと年上でね?」
「そんなの分かってますよ、元就公。
俺だって馬鹿じゃないですから、あなたがしつこく俺に何度も言ってりゃ覚えます。
けどねぇ、今俺が言ってるのは、官兵衛殿が俺に冷たいっていう話で!」
「ようするに、官兵衛は自分にもっと構えと、そういう話かい」
「そうです」
ふくれつらで官兵衛を見る半兵衛は、とても官兵衛よりも二つ年上には見えない。
通りかかった、もう一人の竹中半兵衛が、その半兵衛の表情を見て
嫌そうに立ち去って行くのが見えた。
ご愁傷さま。
戦場で兵を褒める時に婆娑羅者と褒める大陸東側に位置する日の本と
無双者と褒める大陸西側の義子たちの日の本世界では
同じ名前の人物でも、容姿性格が全く違う。
西の半兵衛が子供のような容姿で、知らぬ顔をする食わせ者であるのなら
東の半兵衛は綺麗な顔を仮面で隠した麗人で、性格は冷静忠実。
もはや別人だというのに、名前だけは一緒なのだから、義兄ではないが面倒くさい。
それだから、それぞれの特徴をとって名前の前に
東西だの、婆娑羅者だの無双者だのつけて呼び分けるようにしているのだが。
「とりあえず、半兵衛殿。婆娑羅者の半兵衛殿が凄い顔をして速足で立ち去って行きましたよ。
大声で騒ぐのはやめてさしあげていただけませんか」
「えー。だってさー」
余り騒いで注目を集めるのは本意でない。
仕方なく半兵衛を窘めると、彼はふくれ面のまま義子の方へと抱きついてくる。
「わ」
「わ、だって。色気ないの。…ねぇ、義子様だって思うでしょ。
官兵衛は俺がこんなに話しかけてんのに、いっつも気のない返事でさぁ。
年上を敬うとかそういうことで良いから
もうちょっと優しい態度してくれてもいいと、そう思わない?」
「………十分、官兵衛殿は半兵衛殿には優しいと思いますけれど」
半兵衛は子供ではないけれども、体の弱い彼はまた微熱があるのだろう。
大分あったかい彼の体温を感じつつ、義子がそう答えると
半兵衛はえーという子供じみた抗議の声を上げた。
これで官兵衛よりも二歳年上というのだから、この人は。
抱きついた拍子にずれた帽子を直してやりつつ、義子はちらりと官兵衛を見た。
―…こんなこと言ってますけど、どうにかとりなして下さいませんか、官兵衛殿
―無理だ。卿に一任する
―………私に厄介事を押し付けないで頂けるとありがたいのですけれども
―すまないが、私はそういうことが不得手なものでな
こっちだって不得手だ。
思いながら今度は元就の方に視線をやれば
彼は彼で、義子からそっと顔をそむけてあさっての方向を見る。
……使えない。
正直な感想を抱いていると、半兵衛が義子の顎辺りをくすぐって
自分の方へと視線を向けさせた。
「……あのぅ、半兵衛殿。あなたは私のことを
動物か何かと勘違いしてらっしゃいませんか」
「あぁ、うん。否定しない」
僅かばかり身長が高い半兵衛を見上げて言えば、あっさりと肯定される。
まぁ、出会いが出会いだったから。
一瞬どうしてやろうかとも思った義子だが、彼との出会い方を思えば
動物扱いされるのも仕方がない。
顎を持ったまま猫にでもするように、ごろごろと懐いてくる年上の男に
義子は後ろ頭をかいて、ただ
「…そうは言っても、あなたには皆、甘いと思うんです」
これ以上どうやって優しくしろというのだろうか。
同意するようで、僅かに首を縦に振っている前二人を見ながら
義子は小さくため息をついた。
…こんなにされるがままになっているっていうのに、まだ足りないか。
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無双者の毛利元就公は、謀とは無縁に見える、春の日差しのようなお人だが
婆娑羅者の毛利元就公は、謀、という言葉の印象通りの人である。
冷静冷酷、無情の人。
あった当初はそのような人で、暫くの間その印象が崩れることは無かったのだけれ、ど。
「元就公、左は急ぎで右は至急ですので」
「………何が変わるというのだそれは」
「いえ………優先順位的には右が高いんですが、左も急ぐのです」
「…………」
冷静冷酷を絵にかいたような顔が歪むのを見るのは面白いが
さすがに義子も午前五時から午前二時までの
オーバーワークを連日続けるのはさすがに疲れる。
「………何故、内政要員増えないのでしょうか」
「知らぬ。我が知っておったら駒をもっと増やしておるわ…!」
日の本二つ分と、中国全土。
その領土を一挙に取りまとめなければならないというのに、反乱軍の討伐に全力を注いでいる
遠呂智軍において、内政要因はごく僅か、一パーセントにも満たない。
次々人が離反していってるし…そのうち過労死もあり得る、な。
既に死相を浮かべている内政要員は義子含め、皆過労死寸前だ。
けれども毛利家領土である安芸の解放がされない為に
遠呂智の城から動けない婆娑羅者、毛利元就は、沈痛な面持ちで義子から書状を受け取り。
微かに聞きとれるようなため息をそっと零した。
…可哀そうだなぁとは思うけど。
じゃあ、宜しくお願い致しますと、馬鹿丁寧に頭を下げて
義子は毛利の執務室から退出をした。
…最終決戦辺りで解放された婆娑羅者毛利元就による
大虐殺が始まるのは、もう少し後の話である。
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「竹中殿、回覧です。この場で読んでいただけるとありがたいですが」
「あぁ、義子君か。分かった」
手に持った書状を渡してやれば、婆娑羅者竹中半兵衛は
廊下でそれを広げて読み始める。
それを、腕を組んで待っていると彼は書状に視線を向けたまま口を開き
「…これ、書いたのはあちらの竹中半兵衛君かな」
「えぇ。そうです」
「………そうだろうね…頭は切れるのだろうと思うけどね。
竹中半兵衛、であることだし…」
心中複雑、という声で竹中は言った。
どうやらこの人は、無双者の竹中半兵衛があぁ、であるのが気に入らないらしい。
「はんべ…、無双者の竹中半兵衛殿は、有能な方でありますよ」
あぁだけど。
「それは僕も否定しない」
が、あぁだろう。
子供のような見た目、時折の子供のような駄々。
それが並行世界の自分であるという事実は、この矜持の高そうな男を打ちのめすらしい。
全く、婆娑羅世界の人間は矜持が高い。
毛利元就、竹中半兵衛、希有な事例を全体にあてはめ
義子はただ黙りこむことで場をやり過ごした。
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「………今日辺り、日向は気持ちいいと思います、元就公」
「うん。私もね、日向でのんびりとするのは良いと思うよ。
今日みたいに穏やかな陽の日は特に」
「そうですね、仕事をさぼってのことでなければ」
背後で腕組みをしてこちらを見下ろしているのであろう少女に
元就は体を倒して背中を預けてみる。
普通の少女にならば、こういうことはしないのだけれども
義子にはそれが軽々しくできる、ある種の気安さのようなものがあった。
性別を感じないとか、動物的だとか、そういった類の。
日向でのんびりとしていたら、猫が近寄ってきて
じゃれてみていると、いったところかな。
現在の状況を分析して、ふふっと笑みを浮かべていると
頭上の少女が呆れたように息を吐いたのが分かった。
「元就公、起きていただかなければ困ります。
仕事が溜まっておるのです」
「輝元のようなことを言わないでくれないか。
いいじゃないか、最近忙しいのだから。
私は安穏とした老後が欲しくて隠居したのだよ」
「そんなものは、私だって欲しいのだから文句を言わないでください」
「へぇ」
少し意外で顔を上げて、少女の瞳と目を合わせれば
彼女は元就の驚きにむっとしたようで眉を寄せた。
「………私だとて、縁側でのんびりと茶でもすすって
安穏とした余生を送りたい願望程度はあります」
ますますへぇと思って、元就は義子の顔を見る。
殆どお愛想をしない彼女は、元就にじっと見られるのにも
動じた様子は無く、何かとでも言うように首を傾げる。
「いや、私と君は、意外にも気が合いそうだなと思って」
「はぁ。そうですか。ありがとうございます」
ぱちくりと目を瞬かせ言う少女の顔の造形は、特別可愛いわけでもないのだけれど。
びっくりした猫に似ていると思って、元就は可愛らしいものに緩く目を細めて微笑んだ。