※源太郎…竹中半兵衛
※万太郎…黒田官兵衛
※松太郎…毛利元就
「なんだか、凄いことになってしまいましたね」
凄いこと、では済まないのだけれど、そうとしか言えなくて
久子は様変わりしてしまった景色を見る。
遠呂智によって融合させられた世界は、現代よりも、戦国よりも
更に混沌とした不規律なものへと変貌していた。
幸いなのは、それぞれ混ざった世界の主だった地形は
そっくりそのままに移転したことだろうか。
けれど、やはりいくらかの変動はあって、あちらこちらでの
混乱は起こっている。
それでなくても、すべての国、軍は遠呂智によってちりぢりにされたのだ。
遠呂智に捕えられたものも、逃げ伸びたものも居るが
……すべての国は、機能停止状態に追い込まれている。
その状態で、こうなのだ。
混乱は加速するばかり。
「全く、困るという言葉では言い尽くせないような事態でござるな」
「そうですね。…全く、どういえばいいのか」
「迷惑って、一言でいえば良いんじゃないの」
右隣りには夫、左隣にはその兄代りの忍びをつれて
町を歩く久子たちの目的は買いだしだ。
甲斐の虎、武田信玄とはぐれた久子たちの目下の目的は
彼と合流することにある。
幸いにして、彼は呉軍に居るという話であるから、その進軍予定進路を予測して
あとは突き進めば良いか。
とりあえずは、当座の食料と、消耗品とと、買いだすものを指折り数えて
どことなく中華の雰囲気の混ざった街並みを歩いていると
ふと饅頭屋が目に入った。
こんなときにまで甘いものか。
目ざとく店を見つけてしまった、自分の甘味好きには苦笑するしかないが
しかし隣の夫も目を輝かせているようであるので、まぁ…。
「………幸村さん、買っていきますか?」
「よいのでござるか?!」
満面の笑みでこちらを見る幸村は、可愛い。
それに思わず久子も笑みをこぼして、財布の中を思い浮かべながら
ちょっとだけなら、と指で小さく少し、を示した。
「…久子ちゃん。結婚してもいない俺様が言うのもなんだけど
新婚の時こそ手綱を締めた方が良いと思うんだけどさ」
「えぇと、まぁ、私も食べたいですし、ね?」
「あーあー…。もー…たまの息抜きはそりゃあ俺も必要だと思うけど」
「何か文句があるなら言えばよかろう、佐助」
「言ってるでしょ、たった今。久子ちゃんは旦那を甘やかし過ぎ。
俺も甘いとは思うけど、結婚してから更に甘い。
びっくりするぐらい甘い。どーかと思うよ、俺様さ!」
腰に手を当て、人差し指をぴんと立て、久子にお説教する佐助はまさにおかんだ。
それだから母親役だと言われてしまうのに。
頭を撫でたいような気分で、説教対象である久子が苦笑すると
甘やかされ過ぎと言われた幸村が、ふぅとため息をついて佐助を見た。
「…佐助、久子殿に構っていただきたいのなら
自分も構ってほしいと素直にいえば良いだろう。
某はお前相手に怒るほど狭量ではないつもりだが」
「……なっちがっ」
返す刀で佐助を黙らせた幸村の手腕は見事である。
佐助には、そのようなつもりは毛頭ないとは思うが
そう言われてしまっては、それ以上言葉を募るのもなんだか躊躇われる。
完璧な切り返しだ。
…幸村さんは、佐助さん相手にだけは、相変わらず容赦ないのよね。
微笑ましい主従の光景を見守りつつ
助け船は出さずに、久子が団子屋に近寄っていくと
先にすっと近づいて、店の手伝いのお嬢さんに話しかけた者がいた。
「すいません、団子……二十本ください。持ち帰りで」
「あ、はーい。みたらしとあんがありますが。
あんはこしあん、つぶあんございますよ」
「あぁ。どうしましょうか、源太郎殿。何が皆さまお好みだと思いますか」
お嬢さんに味の選択を迫られた少女が後ろを振り返り、連れの少年に話しかける。
が、連れの少年はえーという声を上げて、少女の肩に抱きついた。
「そう言われてもね。俺も皆の好み把握するぐらい仲いいってわけじゃないし。
俺が分かるのは、俺の相方と、それから俺の友人ぐらいなもんだよ」
「それを言うなら、私だとて、兄上と、友人たちの好みぐらいは把握してますとも。
………なら、みたらし二十本で良いです、お嬢さん」
「あ、はーい、かしこまりました。ではおかけになってお待ちください」
「あ、すいません、こっちにもみたらし五本」
「はーい。そちらさまも、御掛けになってて下さい」
にこやかに店の主人へと注文を届けに行こうとするお嬢さんをひきとめて注文し
久子たちは先に注文した二人とは、長椅子一つ分をあけて座る。
間をつめるのは、躊躇われたからだ。
その久子たちの動作を見てから、先に注文した少年少女は
少し間をあけて、仲良く一緒の長椅子へと腰掛けた。
二人は椅子に座った途端に、疲れた様子でふぁあと大きな欠伸を同時に漏らす。
それを横目で見て、なんとはなしに久子は彼らの会話に傍耳を立てた。
治安がよろしくない世情の中での、大人なしの、少年少女の二人組が物珍しかったのと
あとは一般の人間の会話からの情報収集のためだ。
そうして耳を澄ませていると、彼らは早速和やかに会話をし始める。
「あーあそれにしても遠出して疲れた。俺、帰ったら昼寝したいなー」
「私の用事に付き合わせてしまい、申し訳ありません。
昼寝ぐらい、帰ってからいくらでもなさってください。
…色々溜まっていると思いますが」
「あー。もー嫌なこと思い出させないでよ。
そっちだってさ、おんなじように溜まってる…っていっても効果ないか―。
万太郎殿のお仲間だもんねー、義子は」
「あぁ、万太郎殿。万太郎殿ですか。…一緒にされても。
確かに仕事人間と言う点では一緒でありますが
あぁまで分かりにくく真っ直ぐには生きてないですよ、私は」
少しばかり、少女が困ったような声をして、少年の言葉を否定する。
表情をちょっとだけ伺うと、彼女は無表情気味の困った顔をして少年を見ていた。
すると少年も納得したようで、上を見ながら、ははっと笑う。
「ま、それはそうかな。万太郎殿、心配なんだよねー。
俺と二つしか違わないくせにあぁいう人でさ。
義子は、見てて万太郎殿は心配にならない?」
「なりますけど、私には兄上がいらっしゃいますから。
万太郎殿まで手を回すのは、少々厳しいかと」
「あーねー…。あの人もあの人で…俺よりやる気無いもんね。
松太郎殿より逃げたがりで、俺よりやる気が無いっていうのも、凄いと思うよ。
面白くて良いとは思うけどさ」
「外野だから、そう思うのですよ。
我が兄上が、佐太郎殿ぐらい無駄にやる気があって
かつ松太郎殿ぐらい人当たりが良く
源太郎殿程度に力を抜いて生きていてくれたら…
私はとても楽なのですが」
「なにその理想系。俺も、万太郎殿がそれぐらいだったら、心配せずにいられるんだけどなぁ」
あぁやだやだ。
と、両人とも、同時に肩をすくめるその様子は、年相応にはとても見えない。
仕事に疲れたサラリーマンのようだと思ってから、久子は隣に居る人をちらりと見た。
「………久子ちゃん、こっち見ないで」
世話する人を、あぁだったらこうだったらと言いつつも
好きでたまらない様子の二人を見て、思い浮かぶのは猿飛佐助で。
思わず視線を送ってしまうと彼は、久子の視線を嫌がってか、片方の手のひらで視界を遮る。
それにしても、先に注文したあの二人、一体どういう関係性なのだろうか。
大店で一緒に働く奉公人とか?万太郎殿と兄上というのも、そこの同僚で。
考えては見るものの、どうもしっくりこない。
そういう雰囲気でないのだ、彼・彼女たちは。
そも、この町の子じゃなさそうだし。
足元に置いた大きな荷物をちらりと見て、それから久子はより首を傾げた。
本当に、あの子たちが何なのか分からない。
年にしては賢し過ぎる言動。
しかしその服装は、どこにでもあるような反物の着物で
荷物を持ち、いずこの遠い所からか来た様子の、怪しく無さ過ぎるところが
どこか引っかかる子供たち。
けれどその違和感を探り切る時間はなく。
店のお嬢さんが奥からでてくると、みたらしの入った袋を二人に渡して、丁寧に頭を下げた。
「みたらし二十本でございます」
「ありがとうございます、お代はこれで」
ちゃらりと音を立てて貨幣を渡し、丁度でございますというお嬢さんの言葉を聞くと
少年少女は並んで立ち去って行った。
その様子を見送りつつ、久子は幸村と佐助と顔を合わせて、はてなという気持ちを共有する。
「…なんだか、気にかかる子たちだったねぇ」
「只者では、無いとは思ったが」
「でも、なんなのかはさっぱりでしたね。二人とも、何か分かりました?」
その久子の問いかけに、両横の二人は揃って首を横に振った。
はてな。
分かったのは、手のかかる知り合いを二人ともが持っているということだけで。
あの二人、何だったのだろうか。
思いながらも、久子たち三人は、運ばれてきた団子に一旦その疑問を忘れることにしたのだった。
例えば、少女の名が今川義子といって、駿河今川家の拾われお姫様であることだとか
少年の名が、竹中半兵衛といって、久子たちの世界の竹中半兵衛とは別の
豊臣の家臣、軍師であることだとか。
そういうことを、三人が知るのは、武田信玄や、久子の妹、籐子
それに政宗や小十郎と再会した、もっと、ずっと後のことになる。